×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

欠落の代償−02page






 どれくらい、そうしていたのか。
 彼女はまるで春の日差しに晒された猫のような眠たげな表情で天井を見つめていた。
 その事に特別な理由はない。
 他に見るべきものがなかっただけだ。
 そもそもが校舎一階の階段裏にある半ば物置状態になっているスペースで、見るべきものがどれだけあるのか。
 まだ外を見た方が健康的だと思われるが、人が入る事を想定した場所ではないので窓などあるはずもない。
 付近には人の気配は感じられない。
 ただ、遠くの方から微かに教師の声らしきものが聞こえる。
 今は授業中なのだ。
 校舎内の生徒は教室へと戻っているはず。
 故に制服姿の彼女もこんな所にいていいはずがないのだが。
 かろうじてといった風にひらいていたまぶたが重みに耐えかねたかのように徐々に閉じていく。
 すでに体中から力が抜けきっており、目を閉じた瞬間に夢の世界に突入しそうだ。
 だが、残り数ミリといった所で邪魔が入った。

「あー、狭霧。やーっぱり、ここにいたんだ」

 廊下をエコーする甲高い声に階段裏から顔を出して上を向く。
 声の主はぷんぷんという擬音がとてつもなく似合いそうな表情で、階段から身を乗り出していた。

「真理亜。それあぶないよ」
「むー、大丈夫だって…て、て、て、てぇぇぇぇっ!?」
「ちょ、ちょっとっ!!」

 口だけの大丈夫が降ってきた。
 よける暇も受ける暇もなく狭霧は押しつぶされる。

「あいたたたっ。ごめんねぇ、狭霧」
「…真理亜。謝るより先にどいて」
「はいはい。よいしょ。て、あ痛っ」
「どうしたの? 大丈夫?」
「何か手に当たった」

 ひらひらと手を振りながら、彼女はその正体を確認する。
 そして、眉を潜める。
 まずいっ、と狭霧は咄嗟に服を整えるが手後れだった。

「さーぎーりー。また、そんなの学校に持ってきてるの?」
「そんな事より。なんで真理亜がここにいるの。まだチャイム鳴っていないのに」
「あー、ごまかそうとしてるぅ」

 そう言われると事実なだけに小さくなるしかない。

「それに誰のせいだと思ってるのよぉ」
「…な、なんの話?」
「毎日々々午後の授業サボるから先生に捕獲してこいって言われちゃったんだからね」
「捕獲って。あのね…」

 人間扱いされずにがっくりと肩を落とす。

「なによぉ。悪いのは狭霧でしょ? あんなに授業さぼったらだめだって言ったのに」
「あー、ごめんなさい。ごめんなさい」
「あぁっ! 誠意がこもってなーいー。そんな事だとサボった授業のノートを貸してあげないよ?」
「申し訳ございませんでした」

 ははー、と両手をついて頭を垂れる。元々、彼女に勝てる立場ではないので下手に出るしかない。

「とーりあえずー。ほら、教室に帰るよ」

 ぐいっと手を引っ張られて、しぶしぶと立ち上がる。

「それからー。それ先生に見つかっても知らないよ? いつも言ってるけど」
「んー、分ってる」
「その顔は絶対分ってないと思う…」

 そう言いつつも真理亜は半ば諦め顔だ。

「警察さんにだって捕まるんだからね。えーと、麻薬取締法違反で」
「それを言うなら銃刀法違反…。真理亜、あんたにはこれが大麻とかマリファナに見えるの?」

 額を押さえて制服の上着をめくると、その裏には普通の高校生には不似合いなナイフが脇下に固定されたホルダーに収めてあった。





「せんせーっ。狭霧を捕まえて来たよっ!」
「え? あ、ああ…。ありがとう、霧里」

 教室に入るなり飛び交う会話に狭霧は眉間を押さえて低くうめく。
 やたらテンションの高い彼女と、どういう表情をすれば良いのか? と判断に迷っている教師。

「じゃ、せっきに戻りまーす」

 やっほー、と意味不明なときの声を上げながら自分の席へと戻る彼女を見送ってから、教師はまだ戸口で突っ立ったままの狭霧に声をかけた。

「嶺本、…欠席が多すぎるぞ、お前は。その…そろそろ進級にかかわってくるからな。あまり――」
「考えておきます」

 狭霧は、まるで腫れ物に触るが如くといった表現がしっくりくる教師の声音を遮って、早足で自分の席に戻っていく。
 途中、真理亜の横を通りすぎると、『こらー』というかわいい非難が耳を突いた。
 教師は中断された授業を再開しようとしたが、クラス中のほとんどが狭霧の方へ注意が向いているのに顔をしかめた。
 彼女へと注がれる視線は奇異的なものからあからさまに蔑視なものまであったが好意的なものはまるでない。
 それについて注意する気もない教師は手を叩いて、彼女に注がれていた視線を無理矢理に引き剥がす。

「よし、授業を再開するぞ」

 狭霧は面倒そうな仕種で筆記用具を引っ張り出し、とりあえず黒板に書かれた内容を写し取ろうとして、ふと手を止める。
 視線を感じてちらっと後ろを向くと、こちらを向いている男子生徒と目が合った。
 彼は襟を指で弄びながら、微かに何かを呟いた。
 何事もなかったかのように狭霧は前を向いた。
 声は彼女の耳には届かなかったが、何を言ったのかだけは何故か理解出来た。
 彼はこう言ったのだ。

『何かをヤるのなら、誘ってよ』






© 2009 覚書(赤砂多菜) All right reserved