マガツ歌−11page






『輪をくぐってはだめ』

 それを見た瞬間にはもう静流は自ら輪をくぐっていた。
 蔦の輪。それが首にかかっている。
 トンネルをコウと走っていたはずが、今立っているのは真月神社の御神木の前に設置された木の台だった。
 もしも、違和感に足を止めていなければ台から落ちてそのまま。
 悪寒が背筋を走りぬけた。
 マガツ歌が聞こえる。四方八方から。
 体が思うように動かなかった。
 蔦の輪から首を引くことすら出来ない。
 視線だけで周囲を見ると、御神木をかこんで村人達がマガツ歌を唱和している。
 それはどこかで見た光景。
 そうだ。絵だ。蔵の地下室で見た本の絵そのものだ。
 マガツ歌が村人達を操って儀式を再現させているのだ。
 もう、ダメなんだ。
 諦めと同時にコウの事を思い出した。
 コウ君はどこに?!
 しかし、その疑問の答えはすぐに出た。
 視界の端、ふらふらと危なげな足取りで歩いて来るコウが見えた。
 だが、まるで静流も御神木を囲む村人達すら見えていないようにコウは通り過ぎようとしている。
 その口元が動いているのを見て、静流はコウもまたマガツ歌に意識を取り込まれてしまった事を理解した。
 それでも。たった一人、彼だけは助けようとしてくれた。
 たまりかねて、身体が動かない事も忘れて呼び戻そうとした。

「コウ君っ!」

 え?

 声が出た。身体も動いた。去り行く彼に向かって手を伸ばしていた。
 木の台が傾ぐ音が耳についた。
 世界がスローモーションになって行く。
 ふいに思い出した。
 この光景をすでに知っていた。
 台の上からではなく、下から見上げていた。マガツ歌を歌いながら。
 めぇが何かを叫んでいる。台の上から。
 めぇは静流に向かって助けを求めていた。
 だが、静流はマガツ歌を周りの村人と共に唱和しているだけだった。
 ――結局、繰り返したのか、私は。
 足場の感覚が消えた。
 そして、首に衝撃を受けて静流の意識は沈んだ。





 揺れる。揺れている。
 多くの村人が私を、マガツ歌を見ている。
 そうだ。畏れるがいい。崇めるがいい。
 マガツ歌の存在を忘れ去った愚か者達。
 再び、マガツ歌がこの村に響き渡る事を思い知るがいい。
 私は今年のマガツ歌。そして、次のマガツ歌が誰かはもう決まっている。
 私をマガツ歌から逃れさせようとした愚か者。
 そう。去年私がそうであったように。





「今年も犠牲者を出してしまったか」

 駐在が悔しそうに呟く。
 そんな声も右から左へ抜け、コウは村人達に混じって静流を見ていた。

「……俺のせいだ」
「高哉、自分を責めるな。お前には何の責任もないんだ」

 信行の言葉にもコウは首を振る。

「俺が静流の話をちゃんと聞かなかったからだ。静流はずっと言っていたのにっ!」
「言っていた? 何を?」

 コウから返事は返ってこない。
 ふいに村人がざわめいた。
 大した風も吹いていないのに吊るされた静流の身体が反転したからだ。
 コウにはまるで静流が向き合うためにそうしたように思えた。
 そして、死んでいるはずのその口が動いた。コウにはそう見えた。
 その口の動きを読んで言葉にした。

「マ、ガ、ツ、ウ、タ」




 完







© 2013 覚書(赤砂多菜) All right reserved