あおいうた−第一章 緑と青 第01話
「理由なんかしらんわっ。気が付いたら好きやったわ」
こいつのこんな悲痛な声は初めて聞いた。
俺の知っている良縁はおおらかでほがらかな、悩みとは無縁そうな存在だった。
「好きな人がおる。だけど、言われへん。
何が人間は平等や。そんなん嘘や。みんな普通に恋愛して、結婚して、幸せな家庭を作って。
なのになんで俺はこんなに苦しいねん。俺はただっ! 俺はただ……」
後悔していた。
俺はこいつを追い詰めたかった訳じゃない。
俺はこいつを傷つけたかった訳じゃない。
だけど、もう聞いてしまった事を無しには出来はしない。
「俺はただ、あの人が好きなだけやのに」
時間をせめて巻き戻せたらと思ったが、それに意味がない事にすぐに気付いた。
良縁と海姫先輩。二人には俺には見えない絆のような何かがあったから。
何度繰り返しても、同じ結果になっていただろう。
結局、外野の俺は悩み苦しんでいるこいつを見る定めだったんだろう。
俺はそんな定めなんて蹴り倒したかった。
ベッドに寝転がりながら、自然と口が『オールグリーン・オールブルー』を口ずさむ。
もう一人で暇さえあれば、歌う事が癖になっている。
寮の部屋の窓。外へ目を向ければ遠く緩い坂道を生徒や車が行き交っている。
死ね。
心で呟く。
死ね、死ね。みんな死ね。くたばってしまえ。
人間なんて滅んでしまえばいい。
そう、『オールグリーン・オールブルー』の歌詞のように。
脳裏に浮かぶイメージは人間がいなくなって何億年と経った地球。
大陸は緑に覆われ、海はどこまでも蒼く、空には鳥、ジャングルとなった土地には様々な動物達が日々を過ごしている。
なぜ、いるんだろう?
名前も知らない。僕とは接点なんてない。なのに僕の妄想の地球にはいつからか、当たり前のように彼がいる。
遠目でも分かる背が高く、筋肉質な体格。彼がこちらに手を振っているように思える。
みんな死ね。そのみんなには僕自身も含まれているはずなのに。
世界が嫌いだ。自分が嫌いだ。他人が嫌いだ。
なのに彼を想っている自分がいる。
もし、誰か知っているのなら教えて欲しい。自分の心の殺し方を。
同じ事をもう繰り返したくないから。
まただ。
視線を感じて良縁は立ち止まった。
毎日というわけではなかったが、登校時に校庭を歩いている良縁を見ている生徒がいた。
「どうした? 良縁」
立ち止まったクラスメイトを不審に思ったか、真治が踵を返して戻ってくる。
「ああ、真治。あの人知ってるか?」
「どの人?」
「ほら、あの二年校舎の窓からこっちみとる人」
こちらが気付いたのに感づいたのか、窓から人影がいなくなる。
「なんやろな。最近、なんか見られとる気がするんやけど」
「気のせいじゃないか?」
「俺も初めはそう思たんやけどな。なーんか視線を感じるとあの窓から見とるんやわ。同じ人やと思うけど」
「というか、あれって『姫』じゃないか?」
「『姫』? なんやそれ。あの人、どうみても女子じゃないやろ」
「あだ名だよ。って、そうか。お前、中学は色彩付属じゃなかったっけ」
「そうだよ。受験組み。有名な人なのか、あの人」
「……まぁ、ある意味かなり有名かな。色彩付属中から上がってきたなら知らない生徒はいないんじゃないかな?」
なんでそんな有名人に見られているのか。
良縁は首を傾げるしかなかった。
窓から離れたのは反射的だった。
馬鹿げている。
あの一年生にはとっくに気付かれているというのに。
蒼一は軽く唇をかんで目を伏せた。
初めは本当に偶然だった。
登校する生徒達の中で、一際大きく目立つ体格。
気付けば毎日のように目が彼を追っていた。
理由は分かっていた。
あの人も背が高かったから……。
それだけ。たったそれだけの理由。
我ながら未練がましい。
無意識に右手が左手のリストバンドに触れた。
季節は秋、制服は長袖の冬服に変わっているので本当はリストバンドなんて必要ない。
それにその下に何があるかみんなが知っている。
そういえば、これもあの人にもらったものだったな。
蒼一は自嘲的に一人、笑った。
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