過ぎた願い−14page






「今年もいい色をしてるなぁ」

 英二はぽつりと呟く。
 桜満開の深夜。
 月明かりに照らされた薄紅色の色彩をほぅ…と見つめる。
 綺麗な月を肴に一升瓶から紙コップに酒をついでぐいっとあおる。

「僕にももらえるかな」

 ハッと顔を上げる。
 さっきまで誰もいなかったはずのそこには、いつからか少年がたっていた。
 5年前、あの日と変わらぬ姿で。
 英二は苦笑してもう一つ紙コップを取り出して少年に手渡す。

「いいのか? 酒は二十歳になってから…だぜ?」
「あいにく君より年上だよ。こんな見てくれだけどね」
「そうなのか? まぁ、あの時から全然年取ってないもんな」
「うん。もっとも、今となっては何年生きたかって意味がないけどね」

 そういって、注がれた酒を一息に飲み干す。

「凄いね」

 周りの景色を見渡してそう言う。
 丘一面の鮮やかな色彩。
 そして、英二の背にしている、一際大きな桜の樹。

「いつまで待つの?」
「あ?」
「言ったよね。もう彼女は戻ってこないよ。そりゃ長い年月をかければ歪みはいつかは消えるかも知れないけど。それは途方もない話だよ。その前にキミが寿命で死んじゃうかもね」
「分かっちゃいるけど」

 苦笑して英二。

「約束したからな」



  『俺…待ってるから』



「彼女も覚悟してたはずだよ。本来、彼女と君は別のイキモノなんだから。桜の樹と人間の恋なんて…ね」
「別に無理して待ってる訳じゃないからな。何人か他の女ともつき合った事もあった。だけど、頭の片隅にはいつもあいつの事があった。ただ、それだけさ」
「奇跡を望んでいるのかい?」
「別にそんなたいそうなもんじゃない。自然に忘れられるまで位、待っててやるさ」

 そう言って、英二は月と花を見る。その横顔は強がっている風には見えない。
 少年は微かに笑った。英二は眉を潜めた。

「なんだよ?」
「いや、彼女は幸せだったんだろうなって」

 少年は紙コップを地面にそっと置いてきびすを返した。

「じゃ、僕はこれで」

 その場を去ろうとする少年を英二は引き止めた。

「…そういや、結局お前はなんだったんだ? あの時は、聞きそびれたけどさ」
「僕? 僕は単なる代理さ」
「代理?」
「そ、彼女の器を作ったモノのね。対価の引取りとか、前みたいに強引な取立てまがいのことまで。ああ、念の為に言っておくけど、向こうは一応穏便路線だったんだよ。僕がどっちの為にもならないって無理を通しただけで」
「まぁ、…俺的にはどっちでもいいよ」
「意外だね。てっきり恨んでるのかと思ってた」
「どうしてだ?」
「たった一年しか彼女といられなかったじゃないか」
「でも、そのモノか人か知らないけど、彩樹の願いを叶えなかったら俺とは会えなかったんだろ? それに結果的に彩樹も死ななくて済んだ。今ではお前に感謝してるし、その人にも感謝してるって伝えてくれ」

 少年はやれやれと肩をすくめた。

「わかったよ。伝言も代理の大事な仕事だからね」
「じゃ、頼むな」

 そう言った時には、すでに少年の姿はどこにもなかった。
 ただ、地面に置かれた紙コップだけがそこに少年が居たことを示していた。
 ふぅっと一息ついて英二はまた空の紙コップに酒を注ぐ。
 夜はまだ始まったばかりだ。






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