過ぎた願い−16page






「え?」

 風が吹いた。地面に積もった花びらが舞い上がる。
 少年が去って少し、もう何杯紙コップに注いだか覚えていない。
 少し飲み過ぎだったかもしれない。

「酔ったか?」
「そうだね。顔真っ赤だよ」

 懐かしくて聞き慣れた声。

「夢か?」
「かもね」

 頬を伝う、一筋の涙。
 幻?
 いや、幻はこんなに暖かくない。
 彼女を抱きしめてそう思う。

「ごめんね、待たせて」
「…どうして」
「また、器を作ってもらったの」
「…でも、歪みは?」

 少しの間、沈黙が降りた。

「出来るだけ長く保つように器を作ってもらったの。もう、元には戻らない事と引き換えに。そんなに長くは生
きられないと思うけど、少なくとも前よりは一緒にいられると思う」

 笑って、でもその瞳に涙が浮かんでいる。

「さ…いじゅ…」
「そんな顔しないで。いいの、英二の側に居られれば。だから…」

 彩樹は瞳を閉じて顔を寄せてくる。
 彼女を抱く手が震えた。
 もしも、この手を突き放せば彼女は還ってくれるだろうか?
 だが、次の瞬間、英二は唇を合わせていた。

「幸せにする」

 唇を離して言った。
 英二の頬を次々と涙が濡らしていく。
 その涙を拭ってやりながら彩樹が微笑んで言った。

「うん。幸せにしてね、英二」

 再び風が花びらを舞上げる。
 薄紅色に包まれながら再びキスを交わす。
 ずっと…






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