チャーリーさんの花嫁−2page
「キャー」
小さな体に見合わぬ大きな悲鳴を上げて、悪ガキ共が逃げていく。
だが、まて。この女生徒を突き飛ばして我輩を倒したのはお前たちであろう。
お前たちが怖がってどうするのだ。
それに比べて…。
突き飛ばされた方の女生徒はというと、可哀想にどこかを打ったのかうずくまって震えて泣いている。
それでもなお我輩にしがみついている。
さすがに我輩が倒されるという横暴なマネこそ初めてだったものの、この子が我輩にしがみついて泣きつくのは初めてではない。
…いわゆるイジメという奴である。
時折、この理科室でコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる教師がよく呟いていたが、深刻な社会問題という奴らしい。
深刻な問題だと分かっているなら対処すればいいと我輩は思わなくはないが、人の身ならぬ我には理解できぬものもあるのだろう。
…さて、そろそろかな?
「コラー! あんたらっ!! …って、うわっエリちゃん!? 大丈夫!?」
ヒーローの出番である。
いや、失敬。幼くともレディにヒーローとは。
だが、いつもいじめられては我輩のところに逃げてくるこのエリという女生徒を助けるのは、このアキという女生徒だ。
だが、そのアキにしてもエリが我輩の下敷きになっているという状況は想定外だったらしく絶句している。
「…うん。大丈夫だよ。アキちゃん。今日もチャーリーさんが守ってくれたから」
「守るって、あんた。下敷きになっているだけじゃん。あいつらは?」
「どっかいっちゃった」
「たく、いつもいつも。エリちゃんを的にしてぇ」
アキは我輩の体を持ち上げてエリを出られるようにする。おずおずとそこからエリが這い出てくる。
「私が悪いんだよ。私がこんな格好してるから」
「何が悪いのよ! あんたの髪も目も、生まれつきでしょ。なんであんたが責められなきゃなんないのっ! あいつらはただうらやましいだけよ」
両手を広げて力説するアキだが、エリはかえって身を小さくしている。
金髪碧眼。端的にエリの外見的特長を表すならこうなる。
なんでも、イギリス系日本人という事らしい。
たしかに黒一色の中では目立つであろうが不憫な話だ。
「いまさら、染めても遅いと思うし。そんな事したらお母さん達にも余計な心配かけちゃうし」
やはり、まだ自分が悪いと思い込んでいるのか俯いたままエリが言う。
「それよりもアキちゃん。手伝って」
「ん、なに?」
「チャーリーさん、元に戻さないと」
「あ、そっか」
ん? 俯いていたのはもしかして我輩を見ていた訳か。
二人は近くのイスをもってきて我輩を持ち上げる。
我輩の体は支えのフックに引っ掛ける事で立っている訳であるが、比較的背の高いアキが上の方を、エリはそれ以外を固定していく。
小学生には少々重いのではと思うがそれでも二人がかりのせいか、作業はほどなく終わった。
「しかしさー、なんでいつもここに逃げ込むわけ? だから、あいつらも簡単に追いつけるんじゃない。探す私は助かるけどさ」
「チャーリーさんがいるから」
イスを片付けながらのアキの質問に、同じくイスを片付けていたエリが端的に応える。
「いや、たしかにそれの近くにいればあいつらも近づきにくいでしょうけど。それも時間の問題じゃない? そのうち慣れるよ」
「平気だよ。だって今日だってチャーリーさんが守ってくれたもの」
「チャーリーさん、チャーリーさんって。エリって好きだよね。この骸骨」
「勿論。だって運命の出会いだもの」
「運命って。たかがあんたの誕生日とこの骸骨が作られた日が同じだっただけでしょう」
「十分じゃない。アキちゃん。私の運命の人はチャーリーさん」
「エリー。そんな事言ってるとチャーリーさんに攫われるよ」
「え?」
「七不思議にあるじゃない。知らない?」
言われて、それまで沈んでいたエリの表情がパッと明るくなった。
「知ってる知ってる。『チャーリーさんの花嫁』だったよね」
「なぜ、そこで喜ぶのよ。夜な々々、学校を歩き回ってるチャーリーさんに見つかったら、花嫁として連れ去られるのよ」
「素敵じゃない!」
「…なんでそうなる」
「ん、でも。そうなるとほかの女の子にチャーリーさん取られちゃうかも知れないな」
「そこまで考えるか」
「うん。ちょっとアキちゃん。もうちょっとだけ手伝って」
「なによ、いったい」
二人して何かを探し始めた。何を探しているかは我輩にも分からない。
「あったよ、アキちゃん」
「ん、それはいいけど、どうするの? それ」
エリの手にあったのは短い針金だった。恐らく最近何かの実験に使われたものではないかと思うが。
「こうするの」
エリは我輩の左手の薬指にその針金を巻きつけた。
そしてアキに見せ付けるように上げた左手の薬指には同じように針金が。
「あ・ん・た。それって…」
「へへー。婚約指輪だよ。これでもう『チャーリーさんの花嫁』は私だよ」
「怪談より、チャーリーさんか。恐れ入りました。けど」
アキはエリの薬指から針金を抜き取る。
「あ、だめ!」
「危ないじゃない。怪我するし、またあいつらに目をつけられたらどうするの、せめてチャーリーさんだけにしときなさい」
「えー」
「えー、じゃない。じゃ、そろそろ帰るわよ。もう、何もないよね」
「う、うん」
そうして二人は理科室から出て行った。
我輩の薬指に括られた『婚約指輪』。
我輩の意思はどうでもいいのか? という疑問は喋れぬこの身故、問いかける術はなかった。
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