チャーリーさんの花嫁−6page






 悲鳴の現場にはすぐたどり着いた。
 水のみ場を背に震えている女生徒。
 そして、それに黒い刀を向けている少年がいる。
 何者だ。すくなくともこの学校の生徒ではない。いや、それ以前に小学生の年齢ではない。
 少年は我輩の方を見たがすぐに女生徒に視線を戻した。
 こいつ普通ではない。
 女生徒の方は我輩の姿を見て蒼白になっている。
 当然だ、人骨模型が歩いている姿を見たならその反応のほうが正しい。
 少年の方が異常なのだ。そもそも刀のような凶器を向けている時点で我輩がするべき事は決まっている。

「貴様ー!!!」

 少年に向けて全力で飛び掛った。
 我輩の体はプラスチック製だ。それも二人がかりとはいえ小学生が持ち上げることの出来るほどの重量。
 相手が少年とはいえ刀で切られたらバラバラにされるかも知れない。
 だが、それでも女生徒一人逃がす時間はかせげる。
 しかし、我輩のそんな思いは、少年の言葉にあっさりと覆された。

「はやく、その子を連れ去って」

 少年は女生徒に、いやその背後に向かって言った。
 そこにあったのは鏡。
 ただの鏡であるはずのそこから手が伸びて女生徒にからまる。

「いやーーーっ!」

 まるで、そこに遮るものがないかのように女生徒の体が鏡に吸い込まれていく。

「くそっ」

 女生徒の足に向かって手を伸ばすが、指先を掠めてその子は鏡の中に消えていった。
 一瞬だけ鏡の中に我輩の姿の他に、ガウンの様な服を着た少女が写った。

「貴様の仕業だなっ、いますぐあの子を元にもどせっ」

 私は怒りに震えながら、少年に指を突きつけた。
 だが、少年は私の怒りに面食らったように目を見開いた。
 そして、刀を持っていない空いた方の手を、さえぎるように上げた。

「その前にさ。質問いいかな?」
「なんだ」
「いまさ、キミ。あの子、助けようとしなかった?」
「したに決まっているだろう」

 何を当たり前の事を言っている。
 私はただ、そこにいるだけしか出来ない身ではあった。
 イジメにあっている女生徒一人助ける事叶わぬ身であった。
 そして自由に動ける身となった今この時に助けずにいつ助けるというのだ。

「キミ、『チャーリーさんの花嫁』だよね」
「チャーリーと名付けられてはいるな。だが、『チャーリーさんの花嫁』は七不思議一つのそれであろう。我輩は女生徒を攫った覚えも、攫うつもりもないっ!」

 少年はますます目を丸くしたが、急に鋭い顔つきになった。

「つまり、キミは人に害なす存在ではない。と、そう言うんだね」

 当たり前だ! そう言いたかったが、少年の態度が気にくわない。
 先程まで女生徒に刀をつきつけ、目の前でさらっていったのは貴様ではないか。
 私は思わず少年の眼前に左手を突きつけた。刀の存在を忘れて。

「貴様にはこれが見えないか」
「…針金?」
「婚約指輪だ」
「は?」
「百歩譲って我輩が『チャーリーさんの花嫁』だとしよう。だが、すでに我輩は婚約済みである。重婚などと不埒なマネなどするものか!」

 次の瞬間、廊下に響いたのは少年の大爆笑だった。






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