チャーリーさんの花嫁−10page






「チャーリー…さん?」

 聞き覚えのある声だ。
 世話焼きでいつもいじめられている彼女を助けていた。

「アキかっ!」

 ふらふらと頼りなげにこちらへと歩いてくる人影に我輩は慌ててかけつけた。
 嫌な予感はあたった。
 皮膚、服、あちこちが黒く赤かった。
 火傷とスス。
 我輩が手をかけるとこちらへと倒れこんできた。

「大丈夫か、しっかりしろっ」
「凄い、チャーリーさん。喋ってる。エリが言ってたよ。絶対チャーリーさんが来てくれるって」
「エリ? まさかエリもいるのか? いや、なぜこんな時間までお前たちは残っていたんだ」
「ちょっと、失礼」

 少年の手が少女の額に触れた。

「何を」
「応急処置…まがいかな。ここまでされると」

 数秒で目に見えてアキの呼吸が安定してきた。それでもやはりその姿は痛々しい。

「アキ。我輩に教えてはくれまいか。何があった?」
「指輪さがしてたの」
「指輪?」
「ほら、チャーリーさんの指輪って針金で作ってあって、エリにつけるのは危ないじゃない。だから、エリったらお揃いの指輪買ってきたのよ。勿論おもちゃだけど。だけど、あいつら、エリがそれの入った箱を大切そうにしているのを見て隠しちゃったのよ」
「いつも、エリをイジメている生徒達だな」
「うん。で、結局見つからないまま五時近くになって、明日あいつらに白状させるって説得してエリと帰ろうとしたんだけど、焼却炉の前にいる人がエリの指輪の箱もってて、それを焼却炉に放り込もうとしていたの」

 人形と指輪の箱。そこは違ってもそれは…。

「止めたんだな。お前たちは」
「…うん、そしたらその人。みたことないおじさんだったけど、私たちをかついで焼却炉に」

 左手薬指が熱かった。見れば針金の指輪が赤く焼けている。

「それから、どうなった。いや、どうやってここまで」
「分からない。ただあちこち熱くて、エリの声も聞こえたけど煙とかススとかでほとんど見えなくて、ただとにかくでようと壁に手をかけたら空いて廊下に出たの」
「壁? 空いた? 廊下に?」
「落ち着いて」

 少年はアキの額から手を放した。

「たぶん、焼却炉の内部とどこかの教室が一体化したんだ。投入口から逃げられないようにする為にね。ただ、教室である以上、出入りの戸があるのを考えにいれてなかったんだろう」
「そんな事が出来るのか?」
「七不思議の中でも特別だ。それも内容は微妙に違っていても『焼却炉の前のおじさん』に則った形になったんだ。それは物語に大きな力を与えてしまう。キミ、アキちゃんと言ったね。場所は覚えてる?」

 アキは目に涙を貯めて首を横に振った。

「もうどこをどう歩いたか覚えてない。変な校内放送とか延々追ってくるし」

 指輪が熱い。痛い。
 恐らく、これはエリの受けている苦痛。

「アキ。我輩からも頼む。どんなささいな事でもいい。思い出してくれ。我輩は―」

 モノであるはずの我輩が自我と思わしきものをもった一番古い記憶。
『あ、この日付。私の誕生日と同じだ』
 誰かに追われているのか、我輩にしがみつくように縮こまっている女生徒の呟き。

「我輩はエリを迎えに行かねばならんのだ。エリー・ブラウン、我が花嫁を」

「チャーリーさん…」

 恐らく意識が朦朧としているのだろう。
 視線はふらついているが、それでも必死に思い出そうとしているのが窺える。

「悪いが、これ以上は体に障る。いったん、鏡の中で―」
「ピアノ、鳴ってた」

 少年がさえぎるのと、アキの呟きは同時だった。

「たぶん隣の部屋」

 限界を超えたのか、アキは意識を失った。

「貸して」

 少年はアキの体を奪い取った。

「ちょっと、この子の状態がよくない。しばらく僕は動けない。キミいける?」
「無論だ」

 廊下のあちこちが急にチカチカと光りだした。
 鏡だ。
 一番近くの鏡を見ると、中の少女が指差している。
 アキはピアノの音といった。
『無人のピアノ』。
 あの七不思議の始まりはこうだったはずだ。
『音楽室に寄贈されたアンティーク品のピアノ―』
 つまり、音楽室の隣の教室だ。
 焼却炉と違って移動はない。

「案内を頼む!」

 我輩は鏡の少女の指示に従って駆け出した。






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