都市伝説のピエロ−第01話






 陽気な音楽、陽気なピエロ達が飛び跳ね走り回る。
 観客席からの歓声。
 丸いリングから悲鳴が上がる。逃げ回っていた一人が、ピエロの持つチェーンソーで足を切り落とされたのだ。

「おおーと、哀れな本日のピエロ役が一人つかまったようですよー」

 司会役の真っ白な顔、目の下に水滴のような化粧をしたピエロが、マイクで愉快そうにアナウンスする。
 足を切られたのは30代と思われるOL風の女性。痛みと恐怖に涙をながしながら、それでも必死に前へ前へとはっていく。
 観客席から漏れる笑い声、彼らは全て骸骨であった。生者の苦しみをあざ笑う。
 一際高い悲鳴が上がった。
 ピエロがチェーンソーを背中につき立てたのだ。
 さらに他にもチェーンソーを持つピエロが次から次へと、すでに事切れている彼女の肉体を細切れにしていく。
 リングの中央ではそれを成す術もなく見守っている者達がいる。正確には見守る事しか出来ない者達が。
 司会の道化師が、格子でふさがれた入場口を示す。

「さぁ、また一人減りましたので、補充いたしましょう。新たなピエロ役に皆様拍手でお迎え下さい」

 司会の言葉に従って骸骨の観客が拍手をする中、入場口の格子が上がる。
 そして、そこからあらわれたのはまだ中学生ぐらいの少年だった。黒のTシャツ、デニムのジャケットとズボン。スニーカー。どこにでもいそうな少年だった。
 ただ、たった一つ普通と違ったのは、滑らかな光沢を放つ布で巻いた棒状の何かを背負っている事だ。
 少年はまるでこの異常事態を意に介さないように落ち着いた足取りで歩いて来る。

「よけてっ!」

 リングの中央よりの叫びに少年は足を止めた。





 それは放課後の事だった。
 特に示し合わしている訳ではなかったが、進学塾に通っているメンバーが教室に残って歓談していた。
 早く帰っても、また家を出ないといけないからである。
 それぐらいならと、自然と集まる訳で。

「あー、マジだる。高校一年くらい遊ばせろよー」

 その言葉に加奈はため息をついた。いつもの事だからである。

「だったら進学校なんかに来なかったら良かったじゃない。良い大学に入る為だけにあるみたいなもんだし」
「でも、高校一年くらいってのはさんせー。勉強ばっかりでつまんない」

 言ったのは中学からの友人であるこのかだ。

「それに塾からの帰りは夜遅いからキライ。怖いもん」
「ああ、このかっちは怖いのだめだったよねー」

 別の女生徒がからかう。
 このかがむぅと膨れた。

「そんな事ないもん」
「あー、こんな事言ってるよー。加奈」
「なんか噂話ないー?」

 みんな、このかの反応を期待してるな。
 問題ない、私もだ。

「都市伝説のピエロってのがあるけど」
「あー、なにそれー」
「聞きたい、聞きたい」
「聞きたくなーい。聞きたくなーい」

 最後に言ってるのはこのかだが……。
 悪いな、このか。却下だ。

「それはどこにでも現れる可能性のある予兆なの」

 私は語りだした。





 それはどこにでも現れる可能性のある予兆。
 前と背中に看板をしょった、いわゆるサンドウィッチマンという奴。
 彼が下げているのはサーカスの看板なんだけど、通りすがる人達はまるで彼が存在しないかのように注意すら向けない。
 そのサンドウィッチマンが何かする訳じゃない。
 だけど、決してその呼びかけに応じてはいけない。振り向いてはいけない。
 必ず無視して通り過ぎる事。
 何故なら無視して通り過ぎれば何事も起きないが、振り向いてしまうとサンドウィッチマンはいなくなっている。
 かわりに手にサーカスのチケットが握られている。
 チケットに書かれている開演時間は午前0時。絵は丸いサーカスの舞台――リングの上に自分の姿とそれをとりまくピエロ達。
 普段、滑稽で悲惨な演技をさせられているピエロが、その逆襲の為にチケットの持ち主をピエロに仕立て上げ、残忍な芸で殺していく。
 殺された犠牲者は観客となって、また新たなピエロ役となる犠牲者を呼び寄せる。





「……とりあえず、耳をふさいでも隙間があったら意味ないから。このか」
「むー」

 何か、涙目で睨まれています。私。
 この子は昔から怪談話の類は苦手なくせに、ちゃっかり聞き耳たてるのよね。

「また、加奈ちゃんの作り話でしょう!」
「さー、どうかな?」
「そうに決まってる」

 その割にはぷるぷる震えている。
 ……そこまで怖い話だった?

「よしっ」

 私は手を打った。

「だったら、快楽殺人者のデスゲーム。これは結構メジャーだよねっ」
「あ、それあたしも知ってるー」
「私もー」
「もうーやだー」

 このかは教室のすみでしゃがみ込み防御体勢。

 ……ちょっとやりすぎたかな?

「このか、おちついて。あなたにはお守りあげたでしょ?」
「……お守り?」

 忘れていたのか、こら。

「ほら、あんたが首に下げてるロケットに、持ち主に危害を加える霊を払う護符入れてあるでしょ?」

 このかがあんまり怖がりなので、誕生祝いとしてロケットと一緒にプレゼントしたのだ。
 護符はネットで買ったのだが、結構な値段がした。これでご利益なかったら、消費者センターに訴えるぞ。

「あ、そうだったかなー」

 このかはロケットを手にとる。

 まさか、本気で忘れていたとか言わないだろうな。ショック療法で思い出させようかとか考えたが、人目を考えて止めにしといた。
 ……いや、友人同時のスキンシップの一環ですよ、一応。
 とりあえず、論より証拠をとロケットに手を伸ばすと、このかがあわてて引っ込める。
 とりあげられると思ったのか?
 さすがに悲しいぞ、友よ。

「都市伝説もいいけど、そろそろ時間やばくない?」
「あ、あたしはもう帰らないと塾間に合わない」
「じゃ、皆帰ろうか。ほら、このかも」
「う、うん」

 皆立ち上がり、帰り支度を始めた。

 この時、私は思いもしなかった。こんな他愛ないことが運命を分かつ事になるなんて。






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