鉄仮面魔法少女まりん−18page
「じゃぁ、真鈴ちゃん。気をつけて」
「はい、お邪魔しました」
あまりいると感染るかもしれないからと気遣われて、短い時間で見舞いを切り上げた。
玄関前まで出て見送る香厘の父にぺこりと頭を下げて江武原家を出て行くが、数歩も歩かないうちに呼び止められる。
「あ、ちゃんと帰ったらうがいをするようにね。真鈴ちゃんまで倒れたら大変だから。キミのお父さんに心配をかけちゃいけないよ」
優しい声で、だけど真鈴の胸にそれは鋭く突き刺さった。
あぁ。あたしはなんて言ったっけ?
『別に他人がどうなろうと知ったこっちゃないわよ』
口に出して言ってしまった言葉。
それは自分にとっての真実のはずだったのに、凄く重く々々感じた。
「だって、なんであたしがやらなきゃ……」
そんな呟きは誰の耳にも届かなく、ただ大気に溶けていく。
ぶらぶらと歩いているうちに、イライラとも焦りともつかない不安定な感情が高まっていく。
「あぁ、もうっ!」
衝動的に走りだす。
特にどこか目的があった訳じゃない。
ただ、走って走って走り疲れるまで走って。
そして最後にはぶっ倒れる。限界まで力を振り絞れば当然の事。
そこは空き地で地面には雑草が生い茂り、そんな所に横たわっていれば服も髪も汚れてしまうが、そんな事はどうでも良かった。
「何してんだよ」
にゅっと知った顔が覗き込んで来てぎょっとする。
「し、篠原?」
「何やってんだよ、こんなところで」
「なんでもないわよ」
「なんでもないんならこんな所で寝転がるなよ。ほら服が思いっきり汚れてるだろ」
篠原は真鈴の腕をつかんで半ば無理矢理起きあがらせる。
真鈴は特に抵抗はしなかった。
「あれ? なんで篠原がこんな所にいるの?」
何気なく疑問に思って聞いたが、その途端にうっと篠原が言葉に詰まる。
「学校休みだし、篠原はこの近くに住んでないし…」
「いや、その…」
「あっ。は〜ん、そうか」
どこか目を細めて意味ありげに篠原を見る真鈴。
「な、なんだよ」
「そーか、そーか。点数稼ぎってところかなぁ。健気だなぁ」
「何の話だよっ」
「え〜、何の話って香厘のお見舞いに来たんじゃないのぉ」
「だぁっ、ちっがーうっ。勝手に変な想像してんじゃないっ」
「なーんだ。違うのか。お見舞いのふりして、まともに動けない香厘を襲うつもりなんだと」
「変な想像通り越して、人を外道にするなぁっ!!!」
「何よぉ。冗談じゃない」
「洒落にならねぇって、それは」
「まぁ、それはおいといて。だったら何でここにいるの?」
言われて篠原はどこか遠い目をする。
「そーだなぁ。なんか、思いっきり無駄足だったような気もするなぁ」
「何よ、それ」
実は彼は落ち込んでいるんではないかと真鈴を力づけに来ていたのだったりする。
あまりにも相手が元気そうに映るので、逆に篠原自身が落ち込みそうだが。
「それはおいといて。あーあ、葉っぱとかいっぱいついてるじゃないか」
パンッパンッと真鈴の背中を叩いて、ついていた汚れを落としていく。
「痛いっ、痛いって」
「お前が普段やってる事の方がよっぽど痛いっての」
「それは篠原だからいいのっ」
「俺はサンドバックか?」
「ギニャッ! こらっ、いま思いっきり力を入れたでしょっ!」
「気のせいだよ。ほら、背中は取れたから後は自分でなんとかしろよ」
膨れながらも手で汚れを払った。
「で、真鈴は何してんだよ」
「何もしてないよ。お見舞いの帰り」
「お見舞いって江武原か? あいつこの辺なのか?」
「知らなかったの?」
「初耳」
「あんたもお見舞いにいく? なんだったら案内しようか?」
「いや、いいよ」
「はーくじょーものー」
「あのな。さっきお前が行ったんだろ? 何度も立て続けにいくほうが迷惑だろうが」
「…まぁ、それもそっか。そんじゃどうするのよ」
「うーん。帰るよ。親父も心配だし」
「本気で何しに来たんだ、あんたは」
呆れたように言ってから、ちょっと表情を変えて付け加える。
「お父さん。まだ病気なんだ?」
「多少はマシになったけどな。いったい、どんだけしぶとい風邪なんだか…。真鈴の親父さんはどうなんだ?」
「あ、うちの父さんは治った」
「そうなのか。良かったな」
「うん」
どこか後ろめたい気持ちを持ちながら肯いた。
「じゃ、帰るわ」
「あ、どうせ暇だし駅まで付き合うよ」
駅につくまでに二人が歩きながら話したことは主に香厘を含めた他のクラスメイトの事だった。
篠原が又聞きで聞いた話によれば、他のクラスメイトも香厘と似たような状態らしい。中には入院している生徒もいるらしい。
「あいつも俺と同じで病気に強い方だと思っていたのになぁ。馬鹿は風邪ひかないって説でいけば、あいつの方が馬鹿じゃないって事になるから釈然としないけどな」
入院したのは篠原とは小学校からの友人らしい。その友人はしきりに他のクラスの女子の事を気にしていたと篠原は言っていた。なんでも最近告白されて付き合いだしたそうだ。
真鈴はその女子を知っていた。彼女は香厘の友人でもあったのだ。そして彼女もまた学校を休んでいた一人である事も知っている。
「なーんかさ。数珠つなぎみたいだね。誰かが誰かの心配してる」
「当然だろ? 直接は無関係でもどこかで繋がってるもんさ、他人ってのは」
「そーだね」
ふいに二人の間に言葉が消えてしまった。
どこか俯くような真鈴と、それに対して何も触れない篠原。
だけど、駅がそろそろ近づく頃になって篠原が聞こえるか聞こえないかのように言った。
「なぁ、何か話したいことがあるんじゃないのか?」
「………」
「言いたくないなら別にいいけどな。話して楽になるなら話せよ」
ぴたっと真鈴の足が止まった。遅れて数歩先で篠原が止まって振り替える。
「ねぇ。もし、…さ」
「うん」
「もし、自分に出来る事があって、でもそれがイヤな事で…でもやらなきゃ誰かが困ったりするとしたらどうしたらいいと思う?」
「そりゃ本人の自由だろ?」
「そうだけど! でも、誰かが苦しんだり悲しんだりして、それが自分がそれをやらなかったせいだとしたら…やっぱり、あたしが悪いのかな」
「うーん、違うんじゃないか? それがなんなのか分らないから断言できないけどさ。もしもそれを真鈴がやる理由がないんだったとしたら、真鈴は何も悪くないだろ?」
「…うん。そーだよね」
「ただ…なぁ」
「え?」
「その誰かってのがさ。苦しんだり悲しんだりするのが嫌だったら…やった方がいいんじゃないか? だって、それはさ」
「それは?」
「お前の為だろ?」
「あたしの…為?」
「誰かではなくて、真鈴が嫌なんだったら。それなら十分お前の為じゃないか?」
『別に他人がどうなろうと知ったこっちゃないわよ』
そう、見知らぬ他人なんて知らない。
だけど。
知っている誰かが苦しむのを。
知っている誰かが、そのまた知っている誰かが苦しんだ為に心を痛めるのを、消してしまえるのなら。
それは…。
「篠原。ここまででいい?」
「ここまでも何も、駅はすぐそこだぞ」
「あ、そっか」
「いけよ。やる事があるんだろ?」
言われて真鈴ははっきりと大きく肯いた。
「オレは役にたったか?」
「ばっちし」
ぐっと親指を立てる。
篠原は破顔した。
「そっか」
「ん、じゃぁ行くね」
言うなり背を向けて駆け出す。
さぁ、まずは家に帰って汚れた服を着替えなきゃ。
歩道橋を駆け上がって反対側の歩道へと降りる。
こっちのほうが近道なのだ。
「感謝してんなら今度から加減しろよなっ」
「やーだよっ!」
向こう側からの声に手を振って真鈴は人波を縫って駆けていった。
それを見送った篠原は、一息をついてから駅へと向かった。
「これで少しは来た甲斐があったかな?」
そんな独り言を呟く。
真鈴がもし聞いていたらこう応えたろう。
『もっちろんっ』
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