マガツ歌−01page
これは夢だ。
夢の中で私は夢である事に気付いていた。
目の前にあるのは真月神社の御神木。
その幹は大人が何人も両手を繋がないと輪になれないほど太い。
深い緑の蔦がいたるところにに絡み付いているが、不思議な事に注連縄にはまったく絡み付いていない。
そして、太い枝に絡まった蔦に何かがぶら下がっている。
それは女性だった。首に蔦が絡まっている。骨が折れているのか頭の角度がおかしい。
揺れているのは風のせい?
違う、あの日はそんな強い風なんて吹いてなかった。
なのに、死体は揺れて向きを変えた。
まるで、私に気付いたように。
死体が私を見ているかのようだった。
違う。あの時そう言ったのは……。
死体の口が動いた。
違う。それは……。
静流は目覚めてからも天井をボーと見つめていた。
ああ、現実に帰ってきたんだ。
実感する。
時計を見ると普段起きている時間から随分と過ぎている。
今日は学校が休みだから目覚ましのスイッチを切っていたのだが、いつもなら目覚ましなんかに頼らなくても起きられるのに。
静流はベッドの上を転がる。本当に身体が気だるい。どうしたんだろう。
まるで昨日なにか疲れる事でもしたかのように。
静流はそのまま転がりながら、ベッドの端で足を下ろし、それで勢いをつけるように上半身を起こす。
寝巻きが大幅にはだけてしまいのんびりとそれをなおして立ち上がる。
ふと、机の上のノートが目に入る。
親友のめぇから借りたノート。
そう言えば、めぇが最後のページに変な事書いてたけど。
眠気のせいかそれ以上考えられない。
もう一度寝なおそうと思ったが、朝ご飯がまだだった。
居間の方からは食器の音が聞こえる。
お腹に何か入れれば眠気も紛れるだろう。
眠い目を擦りつつ静流は部屋を出た。
「おや、眠り姫がお目覚めのようだ」
先に朝食をとっていた父親が静流に気付いた。
「休みぐらい、ゆっくり寝たっていいじゃない」
「せめて着替えて来なさい。もう高校生だろ」
「固い事言わないでよ。お母さん。私にもご飯頂戴」
「はいはい。いま温めますよ」
母親は台所に戻っていく。
「あら?」
母親が怪訝な声を出す。
「どうしたの?」
「コウ君がこっちに来てるわよ。どうしたのかしら? こんな朝から……」
「コウ君が?」
台所の窓から外を見る母親は首をかしげている。
「本当にどうしたのかしら? あんなに血相を変えて」
「お前、着替えた方がいいんじゃないのか?」
「別にいまさらコウ君に寝巻き姿見られてもどうって事ないわよ」
せまい村で育った仲だ。
小中高一貫して1学年1クラス。
言ってしまえば幼い頃の微かな記憶では素っ裸で一緒に川を泳いだ記憶すらある。
今さらだ。
父親は女心に目覚めない娘に嘆息するが、突然ガラッと玄関を開けて入って来たコウに唖然とする。
親しき仲にも礼儀ありだ。だが、父親、いや母親そして静流すらも驚いたのは、彼がインターホンのボタンを押さなかった事でも、玄関前で声をかけなかった事でもない。
顔を真っ赤にそめて汗だくになって、まるで喘息患者のように何か言おうとして咳き込む異常な姿だ。
静流は水差しからコップに水を入れて玄関にもっていく。
「コウ君、何かあったの? とりあえず飲んで」
コウはコップを受け取り喉を大きく鳴らして飲み干す。
「静流! めぇがっ、めぇがウチで……」
「めぇがどうしたの?!」
嫌な予感が静流の背筋を走り抜ける。
あの夢。
なぜ、今日に限ってあの夢を見たのか。
「めぇが……」
まるで自分でも認めたくないとでも言うようにコウは静流から視線をそらして言う。
「めぇが、ウチの御神木で首を吊ってる。……まるで、去年みたいに」
借りていたノート。最後のページに書かれていた言葉。
これはこういう意味?
静流にとって何よりもショックだったのはその事実をあっさりと受け入れられる自分だった。
「着替えなきゃ……」
静流は空になったコップを受け取ってそのまま自室に引き返した。
© 2013 覚書(赤砂多菜) All right reserved