ダークプリーストLV1 第四章−第05話






「光の軍はもう引き上げたみたいだぜ。幸か不幸かは分からないが」

 先に偵察に出ていたグラムが戻ってきた。
 集落手前で止まっていたマドカ達は、それを聞いて馬を再び走らせた。
 集落の入り口付近で馬を繋いで、足を踏み入れる。

「ぐっ?!」

 マドカは吐きそうになり口を押さえる。
 地面のあちこちに血の跡、そして濃い血の匂い。
 それはマドカが始めて経験するものだった。

「マドカ、吐いちまえ。無理をするな」

 ワルドの言葉にしたがって、胃の中身を地面に吐き出した。
 無理に我慢をすると食道を痛めると聞いた事もあったからだ。
 少々の血なら、棒術の鍛錬中の事故や、怪我人の治療で目にするが、こんな濃密な血の匂いは初めての経験だった。
 だが、ワルドはマドカの背を擦りながら呟く。

「……妙だな」
「え?」
「そうやな。死体はどこや?」

 デイトンの言葉に、マドカも異常に気付いた。
 確かに血の跡だけで死体も怪我人もいない。
 だが、グラムが上空からうんざりした顔で降りて来た。

「死体が見たいなら向こうだぜ。お穣さんはここで待ってた方がいいんじゃないか? そうとうキツイぜ」

 マドカは首を振った。
 幸い吐くだけ吐いた。胃の中身はもう残っていないだろう。
 ここから先へすすまないなら、何の為にここに来たのか分からない。
 マドカは立ち上がり、グラムが示す方へ歩を進めた。
 ワルドとデイトンも続く。
 そして、それを目にした時、もう残っていないと思っていた胃が胃液を押し出した。
 それを表現するなら正しく地獄絵図だった。





 歪な円状の穴の中は針の山を思わせた。
 しかし、それは針ではなく、無数の矢だった。
 そして、積み重なるようにダークエルフの死体。
 荒い息をつきながら、口元を汚していた胃液を拭って穴の縁に立つ。
 思わず膝が崩れた。
 死、死、死、死。
 どこにも命を感じさせるものがなかった。
 しかも、

「自分達でほらせたんだな」

 死体にまぎれていくつものシャベルが見える。

「なんでこんなものを……」
「姿消し対策だな。人質を取って穴を掘らせ、さらに弓を射かける。姿消しで反撃の機会をうかがっている奴も思わず姿を現して助けようとしちまうって寸法だ」
「酷い……」
「それだけならまだマシな方だぜ」

 グラムがマドカの傾ぐ心に追い討ちをかける。

「矢が2種類ある。悪趣味の極みだ」
「ほんまやなぁ。惨い真似を」

 マドカはワルドに目で問うた。
 ワルドは口にすべきか躊躇したが、黙っていたところで他の二人に聞くだけだろうと判断した。

「ダークエルフ自体に矢を撃たせたんだ。恐らく身内か何かをを人質にとってな」

 マドカの視界がブレた。あまりの事に眩暈がしたのだ。

「これが、正義の名の元に行われた。そう言うんですか?」

 マドカの問いに答えた者はいなかった。
 ただ、三人三様に複雑そうな感情を感じる。

「ワルドさん? 他のお二人もどうしたんですか?」
「俺ら、先の大戦の生き残りだからな。何も言う資格がないんだよ」
「グラムの言うとおりや。卑怯、卑劣なんてお互い様やったからなぁ」
「マドカ、戦争なんて綺麗ごとなんかない。ヴァンパイヤが自分達のタレントを嫌っているって言った事を覚えているか?」

 ワルドの言葉にマドカは頷いた。ヴァンパイヤのタレントは同族化。他種族をヴァンパイヤに変えてしまう能力だ。

「それはな。先の大戦中に、捕らえた光の側の捕虜を、ヴァンパイヤのタレントで闇の側にしてしまおうって作戦が立案されたからだ。
 作戦そのものは却下されたが、一部の連中が暴走してやっちまった結果、ヴァンパイヤになっちまった光の側の連中は、ほとんどその場で命を絶ってしまったらしい」
「っ!!」
「ダークエルフにしても姿消しによる暗殺に対抗して、重要人物にはハイエルフの護衛がつくようになった。ハイエルフのタレントは知っているな」
「……超感覚。五感の強化」
「そうだ。まぁお互いのタレントの強さにもよるが、暗殺が難しくなると、今度は暗殺対象に近い人物の家族を誘拐して、人質を盾に刺客へとしたてるなんて真似をした」
「例を上げていったらきりがない位やで」
「要は正義を掲げるに足るお題目はいくらでもあるという事だよ、お嬢さん」
「だからと言って……」
「分かってる。マドカ。戦争は終わった。でも続いてる連中もいるんだよ。俺がそうだったようにな」

 ワルドはマドカの手をとって立ち上がらせた。
 膝をついていたせいで司祭服に、ダークエルフの血が張り付いていた。

「戦争はまだ続いている……。では、終わるのはいつ?」
「さぁ。ワシにも分からん。あるいは闇の側の住人を殺しつくすまで終わらないかもしれん」

 絶望的なワルドの答えに再び膝をつきたくなった。
 リーリスは光の主神であるアポミアに敬称をつけるのを嫌っていた。その理由をようやく身をもって知った。彼女はこれを実際に体験したのだ。

「坊主も……この中なんだろうな」

 ワルドの言葉に、マドカは思い出したくなかった事を思い出してしまった。
 最後に見た去っていくエースの背中。
 ワルドは道が見え始めたと言っていた。
 それを見届ける事は叶わなかった。
 恐らく、十人中十人がマドカにはなんの責任もない事だと言うだろうが、それでも悔恨の念に近い何かがマドカの心を責め立てる。

「マドカ、いつまでもここにいても仕方ない。埋葬するにも手が足りない。一度帰るぞ」

 ワルドに背を押されて、なすがままに馬を繋げたほうへ歩んだ。






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