夢売りのミン 第一章 夢売りと復讐者は出会う。−第05話
「おい、もしかして始めからこれが目的じゃないだろうな」
「まぁ、否定はしませんよ」
木箱を背負ったミンが振り返って、口元を押さえてクスクスと笑う。
イヌカイは風呂敷包みを背負って彼女の後を歩く。風呂敷の中身は三貝村での売上のである。
ミンの出した条件、それは彼女の荷物持ちになる事だった。
「ほら、そろそろですよ」
「!」
白い濃霧。通常の霧とは明らかに違うそれは死の川が近い証。
「本当に大丈夫なのだろうな」
「大丈夫ですよ。神人と血印者だけは死の川を渡れますから」
血印者ね……。
イヌカイはやや複雑な面持ちになった。
呼び名は重々しく感じるが、要は神人の血を飲んだ人間の事だ。
事前説明なくミンが刃物で手首を切ったのにはさすがに狼狽したが。
生で飲むのは生理的に受け付けなかったので、水で薄めて飲む事になったが、竹の水筒に入れたそれを飲み終わる頃には、ミンの手首には傷がすっかり消えていた。
なんでも、神人は少々の傷はすぐに治るらしい。
出鱈目な身体である。
ミンの姿が濃霧に消えた。
イヌカイは反射的に手前で足を止めた。
「イヌカイさーん。大丈夫ですってばー」
「分かったよっ!」
覚悟を決めて一歩踏み出した。歩いていくとすぐ手前にミンがいた。
まだ日は高いはずなのに、薄暗く感じる。
「はぐれると面倒なので、ちゃんと付いて来て下さいよ」
「わかった、わかった」
やがて、水の音が聞こえて来る。
「これが死の川か」
普通の人間では目にする事はかなわない永遠の眠りをもたらす川。
話には聞いていても実際に目にするのは当然の事ながら初めてだった。
「こうして見ると、普通の川とかわらんな」
「あら、そうでもありませんよ」
「?」
彼女は水際へとよって、イヌカイを手招きしている。
行ってみると、彼女は手の平を川に浸している。
「イヌカイさんもやってみて下さい」
「?」
眉をひそめるが言うとおりに手を浸してみる。
なんだ、これは?
肌の感触に違和感がある。
確かに水ではあるのだろう。しかし、同時に砂のようなサラサラとした感触を感じる。
ミンが微笑む。
「どうです? 気持ちいいでしょう?」
「気持ちいいかはともかく……。奇妙な手触りだな」
「ええ。色々と特別な水ですからね」
「それは特別だろう。人間を死へと誘う水など」
「確かにそうですが……。同時に人間を救う水でもあるのですよ」
「なに? どういう事だ?」
「後で説明します。どうせ、イヌカイさんにも手伝ってもらおうと思っていましたし」
彼女は岸沿いに上流を目指して歩き始めた。
荷物持ち以外に何をさせる気だ、この女は。
そう思いつつも、死の川を渡れるのは彼女のおかげである。
仕方なしについていった。
「おい、渡らなくていいのか?」
イヌカイの言葉に振り向いた。
川にかかっている石橋を指差している。
「渡りますけど、今はまだやる事がありますから。橋があるという事は近いはずなのですが……」
前を向いて、視界の悪い中を確認する。
「やる事とはなんだ?」
「眠り粉が少々少なくなったので補充を。
それに考えてみればイヌカイさんに眠り粉渡していませんでしたから。
どうせなら作り立てをと思いまして」
「眠り粉を……作る?」
いぶかしげな声が後ろからかえって来る。
「はーい、そうですよ。そもそも眠り粉がかってに沸いて出るとでも思ってたのですか?」
「そうとは言わんが。神々から与えられたとかではと思っていたが」
「それじゃ、いくらあっても足りませんよ。私達には持てる限界がありますから。
あ、見えましたよ」
彼女は小屋を指差した。
死の川には石造りの橋と、石造りの平屋。この二つは川の辺に何箇所か必ず存在する。
小屋の前につくと、イヌカイは不思議そうに聞いてきた。
「誰がこんなものを作ったのだ。先程の橋もそうだが」
「さぁ?」
ミンの返答にイヌカイはいぶかしげな表情になる。
「知らないのか?」
「特に知らなくても問題ありませんので。イヌカイさんだって、腰の刀を誰が作ったのか知らないのじゃないですか? 相当古いものと見ましたが」
「……確かに知らないが。問題が違う気がするが、まぁいいか。で、中に入るのか?」
「勿論です」
そして、ミンは戸に手を触れた。するとまるで見えない手に引かれたように戸が横に引かれ、小屋の中へ入れるようになった。
イヌカイは驚いたようだが、神人が使うものだから不思議はつきものだと、自らを納得させたのだろう。すぐに我を取り戻したようだ。
「なるほど。誰が作ったかは知らなくても、使い方を知っていれば問題ないわけか」
「そのとーりです。ちなみに夢売りしか玄関を開く事はできませんから、中に山賊とかが住み着いている心配はないですよ」
「それ以前に山賊がここまでたどり着けるか」
「あ、そーでしたねー」
先にミンが中に入り、続いてイヌカイが中に入る。
ミンは背負っていた木箱を床においてから、周囲を見渡していたイヌカイに声をかける。
「イヌカイさんも荷物は適当な場所に置いてくださいね」
「あ、ああ」
イヌカイにとっては見慣れないどころか、奇異に映る機器に目を奪われているようだったが、かろうじて声は届いたようで、風呂敷包みを床に下ろした。
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