魔女の森の白き魔女−01page






 ずっと前を見て進んでいた。
 鼻をつく苔の匂い、草の匂い。
 どこまでも続く木々の迷路。まるで無限のように思わせる。
 そこかしこの木々に目立つ目印を刻んでいなければ帰る事も危ういだろう。
 どうしてそこまでして進もうとするのか。
 おそらく、意地がなかったと言えば嘘になる。
 だが、それも限界が近かった。

「なぁ、もう引き返そうぜ」

 少年達の一人がとうとう口にした。
 先頭を歩いていた茶髪の少年が苦々しそうに振り返る。

「まだ何にも見てないだろう」
「そんな事言ってもさ」

 不満を口にした少年は溜息をついて周りを見渡した。
 どこまでも続く緑の檻。
 まだ昼間だというのに高く育った木々の葉が陽光を遮って、まるで今にも日が落ちる瞬間のような錯覚に陥る。
 それが不安を煽るのか、ふいに森に響いた鳥の鳴き声に少年達の数人がビクッと体を震わる。

「だいたい、何があるってんだよ。こんな所に」
「あのなぁ、何があるも何も、それを確かめに来たんだろ? 俺達」
「そりゃそうだけど。【叫び岩】を越えてからずっと歩き詰めなんだぜ?
 もう疲れたよ」

 その言葉を態度で示すかのように彼はもう一度大きく溜息をついた。
 言われてムッと言い返そうとするが、彼自身も少なからず疲れていたので反論し辛かった。
 変わりに別の言葉がついて出る。

「だけど、せっかくここまで来たんだろ? このまま何もなしで帰るのか?」
「何もなかったでいいじゃないか、エド。実際、これだけ歩き回って何もなかったんだ。やっぱり伝説はデタラメだったんだよ」
「…そりゃ、俺もそう思うけどさ。…アイツがなんて言うか」

 エドと呼ばれた少年は小さくぶつぶつと呟く。

「ん? どうした。なんかあったのか?」

 少し遅れて追いついて来た大柄な少年が首を突っ込んで来る。

「ああ、ロック。なんかこいつらが街に帰ろうっていいだして」
「ふうん。そうか」

 特に驚くでもなく、かといってエドのように憤慨するでなく顎に手をあてて熟考する。
 そうしている姿は大人っぽくてエドより2年しか歳が違わないのが嘘のようだ。
 彼はここにいる少年達のリーダー格で誰もが信頼している。もし、彼が続行だと言えば不満を漏らした少年も従うだろう。
 だが…

「どうしたもんか。チビの事もあるしなぁ」
「え? チビがどうかしたのか?」

 エドが怪訝な顔をする。
 チビとはロックの歳の離れた弟の事だ。
 彼はこの弟を溺愛している。本当はこの”探検”に連れてくるには小さすぎたのだが、この弟の必死の懇願に拒みきれず結局連れてきてしまった。

「さっき転んだ拍子に擦りむいたんだ」

 ロックは目で弟の方を指し示す。
 そちらに目を向けると、確かに彼の弟が足を痛そうに引きずりながらこっちに来ている。
 泣いてこそいないようだが、相当痛いのか顔色が真っ青だ。

「おいおい、大丈夫なのかよ」
「ん? 一応血はあんまりでてないし、骨にも異常はないようだ。このままならな」

 ロックは心配そうな表情で腕を組んだ。
 エドは内心で嘆息した。

『はぁ、これは絶望的だな』

 いくらエドでも怪我人を出してまで強行を主張する気はない。

「終わり…かぁ」
「いいのか?」
「いいも悪いもないだろ、ロック。チビだって随分と痛そうだし、他の奴等も帰りたがってる。まさか、俺一人で行く訳にもいかないだろ」
「そうだな」
「だけど、結局何も確かめられずじまいかよ」
「そう言うな。少なくともこれだけの人数がこれだけの時間歩いて何もなかったんだから。やっぱ噂だけだったのさ。サラにも俺からそう言っておくさ」
「絶対、聞く耳持たないぜ。あいつは噂を信じてるんだし」

 溜息をつく。
 街に帰るのが気が重い。
 エドのそんな様子に苦笑しながらロックは全員に引き返す合図を送った。
 それまで疲れ切った表情をしていた少年達は少しだけ活気づく。

「居るわけないんだよな、白髪の魔女なんて」

 そんなエドの苦々しい呟きにロックは無言で肩を竦めた。





 中央都市から遠く遠く離れ、辺境と呼んでも差し支えない田舎街。
 特に栄えている訳でなく、特に寂れている訳でなく、どこにでもあるその街には、どこにでもあるような伝説がある。

 街の南にそびえ立つ山の裾と街挟んで存在する深く生い茂る森。
 その中に一つある、まるで悲鳴を上げる人間の顔のような模様がいくつも浮かんだ【叫び岩】。
 それより先は魔女の領域。
 人間は何人もそこに立ち入る事は許されない。
 魔女は髪白くして、姿は若く女。領域に足を踏み入れた人間を人形に変えて愛でる。
 魔法の煙で獣を操り、皮膚を腐らせる病をばらまく。
 故、決して【叫び岩】の向こう側には立ち入るな。






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