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魔女の森の白き魔女−02page







「デタラメに決まってるじゃないか」

 エドは呆れたように言った。
 それは少年達が【叫び岩】の向こう側に足を踏み入れる数日前の話。
 学校が終わって街中央の広場でたむろっていた時に、何故か魔女の伝説の真偽の話になっていた。
 エドの記憶では誰かの茶々入れから始まったような気もしたが、それが誰だったかも定かでない。
 ただ、誰が言い出したかよりも誰が突っかかってきていたかという方がこの場合重要だった。

「どうしてよ。魔女はいるわよ」
「いる訳ないだろ? 誰も見た事ないんだぜ」
「あら、それは誰も【叫び岩】の向こう側に行った事がないからでしょ? 大人達はみんな言ってるじゃない。【叫び岩】の向こう側に行っちゃいけないって。それって魔女がいるからでしょ?」

 さも当然のようにサラが言った。
 彼女とは家が斜向かいで物心付く前からの付き合いだが、昔から何かとエドには突っかかってくる。
 ロックが『またかよ』という風に肩を竦める。

「だ・か・ら。いやしないって。大人達が【叫び岩】の向こう側に行かないのはみんな臆病だからだろ?」
「へぇ?」

 サラの瞳が悪戯な光を帯びる。

「じゃぁ、エドも臆病なんだ?」
「なにぃ?」
「だって、エドだって【叫び岩】の向こう側に行った事ないんでしょ?」
「仕方ないだろ? ばれたら半端じゃなく怒られるんだぜ? 何年か前にやった奴がいるのは知ってるだろ? あんとき大人達に殴られまくって顔の形変わってたじゃないか」
「はいはい…、臆病者の言い訳はいいから」
「…お前なぁ」
「その辺にしとけや二人とも」

 そろそろ空気が危険になりそうな辺りでロックが止めに入った。
 他の少年達は巻き添えはゴメンだとばかりに一歩引いている。

「止めるな、ロック。絶対に撤回させる」
「あら、撤回も何も真実じゃなくて?」
「いいから、やめろって」

 距離が近くなる二人の間に割って入る。

「だったら、行って来ればいいんだろ?」
「は?」
「へ?」

 エドの言葉にロックもサラもきょとんとする。

「だから、【叫び岩】の向こう側に行って魔女なんていないって証拠を見つけてくればいいんだろ?」
「おいおい、エド。さっきお前が言ったんじゃないのか? 見つかったら半端じゃないって」
「見つからなきゃ大丈夫だろ?」
「まぁ、それは確かにそうなんだが」

 ロックが顎を手にあてて考える。

「ふむ。まぁ退屈しのぎにはなるかな」
「何考えているの?」

 サラが眉をひそめる。

「たいした事じゃないさ。お〜い、【叫び岩】の向こう側に行ってみたい奴、手を上げてみろ」

 ロックの言葉は、前半はサラ。後半は他の少年達に向けられていた。
 始めは少年達に反応はなく、周りの顔色を窺うばかりだったが一人二人とおずおずと手が上がるとそれに続くようにさらに手があがり、最終的には場にいたほとんどが手を上げていた。

「決まりだな」
「ちょ、ちょっと。まさかみんなで行くつもりなの?」
「おい、エド。行くのは明後日でいいか? 学校のある日に行くのは時間的に辛い奴もいるからな」
「ああ、俺は別にかまわないけど」
「あなた達、正気なの!?」
「人の事を臆病もの呼ばわりしといて、いまさら言うなよサラ」

 多少勝ち誇ったようにエドは鼻を鳴らした。





「ま、一応【叫び岩】の向こう側には来たんだしな」

 引き返す道すがらこの森に来る経緯を思い返し未練たっぷりの声で呟いた。
 少年達一行の中でエドは最後尾を歩いていた。
 来るときは先頭を歩いていたので当然と言えば当然かも知れない。
 心なしか全体のペースが速い。おまけに誰も振り向きやしない。

「あ〜あ、誰かはぐれたらどうするんだよ」

 呆れながらついていく。
 どうやらほとんどが早く街に戻りたくて気が急いているようだ。
 例外はエド自身を除けばロックくらいのものだが、彼は彼で足下の出っ張り等を後続に注意を促すのに忙しいらしい。

「ん?」

 視界の隅に妙な色彩が映った。
 葉の緑、苔の緑。幹の茶色、土の茶色。それが森の色。

「なんだ、あれ?」

 黄色。
 この森ではいままで見なかった色。
 足が止まっていた。
 仲間達はどんどんと先へ行ってしまっている。
 少し迷ったが、すぐに意を決してその色の正体を確かめるべくそちらの方へ行って見る。
 確かめてから追いかけても充分間に合うはずだ。まだまだ、仲間達の背が見えているのだから。

「苺…じゃないよな?」

 当たり前である。黄色のいちごなんてあるはずもない。
 だが、木に巻き付いた蔦にぶら下がっている実らしきものは確かに苺そっくりだった。
 ふとエドは仲間達の方を見る。
 思ったよりもだいぶ距離が離れている。

「いけね、さっさと追いつかないと。でも、その前に…」

 無造作に実に手を伸ばした。
 せっかく、ここまで来たのだ。せめてもの記念のつもりだった。
 だが、実に触れる寸前に手が止まった。
 何かおかしい。
 今、実が動かなかったか?

「…気のせいか?」

 いや、違う。
 微かに震えている。と、思った瞬間。
 パカッっと実が二つに割れた。

「うわぁっ!!!」

 実が、いや、実に擬態していた虫が指に噛みつこうと跳ねた。
 咄嗟に指を引っ込めてその勢いで後ろに倒れ込んだ。
 さらに尻餅をついたぐらいでは勢いが止まらず、そのまま体が横に反転した。
 転がる方向には藪がある。

「くっそ」

 なんとか勢いを止めようと地面に手を突こうとするが目測を誤って藪のなかに手を突っ込んだ。

「痛っ、って、うわっ!!」

 勢いが止まらない。どころかさらに加速した。
 なぜなら藪の中に突っ込んだ手がいつまでたっても地面に届かなかったからだ。
 そのまま吸い込まれるようにエドの体は藪に突進する。
 そして、いったいなぜそうなったのか、エドはようやく理解した。

「う、うそだろっ!!?」

 藪の向こう側は崖だったのだ。
 踏ん張ろうにももう遅い。とっくに体は宙を舞っていた。

『まさかこれが魔女の呪いだってんじゃないよな』

 意識を失う寸前に考えた事がそれだった。





 【叫び岩】を見た時、思った事。

『なんだ、やっぱりただの石じゃないか』

 むしろあまりに予想通りだったので拍子抜けしてしまった。
 確かに石の表面に浮かぶ模様は見ようによっては叫んでる人間に見えるが、そんなものは長い間掃除してなかった物置の汚れが暗がりでお化けに見えるようなものだ。
 ただ…

「不気味だよな…」

 不覚にもエドが思ってしまった事を誰かが言った。
 【叫び岩】の向こう側。
 そこは魔女の領域。
 もしもそこに住んでいるのなら、どんな気分なのだろう。
 伝説は言う。
『領域に足を踏み入れた人間を人形に変えて愛でる』
 もしかしたら、魔女は人恋しくてそうするのかも知れない。
 エドは自分の考えに笑った。






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