魔女の森の白き魔女−15page






 走って走って走り続けて……
 気付くと学校の前まで来ていた。
 つまり全力でもと来た道を戻っていたのだ。
 ペース配分など当然考えていた訳もなく、立ち止まった瞬間膝が折れそうになってよろめいた。
 荒い息を吐きながら、重い足を引きずって校舎の裏側に回る。
 誰もいないのを確認してから崩れるように腰を降ろした。

「なんでだ?」

 手が震える。
 疲れと…恐れのせいで。
 持ってきた本を、慎重に、慎重にページをめくる。
 目的のページはすぐにみつかった。力を入れすぎたせいで紙にクセが残っていたのだ。
 見間違いではない。

『街に厄災をもたらした魔女は捕らえられ、裁判の後に処刑された』

 魔女なんていない。
 白髪の魔女なんてただの伝説に過ぎない。
 だが、だったらここに書かれた内容はなんだ?
 何度も何度も目を通す。
 だが、書かれている内容が変わるはずもない。
 かつてこの街で見たこともない症状の疫病が流行り、どんな薬も効かずどんな治療も効果を現さなかった事。
 一人の青年が偶然、魔女が呪いをかけている所を目撃した事。
 やがて魔女が捕らえられ、裁判の上で有罪とされ処刑された事。
 これらの事実が誇らしげに記されていた。

「なんだよ、これ。どういう事だよ。訳が分からない…」

 うつむけていた顔を上げて山裾の魔女の森を見る。
 足が無意識に一歩そちらへ踏み出そうとして、そしてまた気付かぬ内にその動きが止まっていた。
 額に手を当てる。
 大きく息を吸い込み、3つ数えてから吐き出す。
 繰り返す。何度も。
 ロックが頭に血が上った時に良くやっていたのを真似てみたのだ。
 これをやると頭が少しは冷えると言っていたのだが実際はどうだろう。

「明日だ…。頭の中を整理して明日聞きにいこう」

 口に出して言うと、どこかもやがかかったような意識がはっきりしたような気がした。
 と、同時に思い出す。

「サラの奴、絶対怒ってるな」

 明日、学校でしつこく問いつめられられるだろうことは想像に難くない。
 げんなりしながらも家に帰る為、来た方向へ戻り始めた。





 翌日、学校でエドを待っていたのはサラの無視攻撃だった。
 声を掛けても目をあわせようとすらしない。
 近づくと距離を取る。
 かと思えば遠巻きに、まるで監視するかのようにこちらを見ている。

「陰湿…」
「お前、何やったんだぁ?」

 ロックもサラの様子には腰が引け気味で、エドになんとかしろと言ってくるがどうすればいいか皆目見当が付かない。

「別に大した事してないって。だいたいロックは別に関係ないだろ? 俺みたいにずっと見張られている訳じゃないんだしさ」
「あのな? いっとくが授業中はあいつと俺はすぐ近くにいるんだぜ? あのすわった目でブツブツ呟かれて見ろ。鳥肌が立つぞ、ほら見てみなっ」

 そういって差し出された腕を見ると確かにその通りだった。

「とにかくお前が原因ならなんとかしてくれっ。今日だけならともかくこんなのがずっと続いたらたまらねぇぞ」
「そんな事言ったって」
「俺だけじゃねぇぞ。他の奴も同じ気持ちなんだからな。一刻も早くなんとかしろ、いいなっ」

 返事をする前にロックはエドの教室から出ていった。
 出ていく時にサラに声をかけていったが、無言の一瞥を食らって足早に退散した。





 何とかしろと言われたものの、何とかしようもなく。
 結局、今日一日の全ての受業が終わるまでサラの奇行は続いた。

「なんなんだよ。昨日の事を怒って嫌がらせしてるのかよ」

 帰り道、いつもとは違うルートを通っている。
 学校が終わってからもつきまとわれそうだったので、最後の受業が終わった瞬間に全力で教室を飛び出したのだ。

「明日は勘弁してほしいよなぁ」

 ロックが言ったようにこんなのが毎日続いてはたまらない。
 こうなったきっかけは昨日の図書館での一件のせいだろうが、なぜあんな行為をサラがとったのかエドには理解出来ない。

「まぁいっか。明日も続くようだったらサラに直接聞いてみるか」

 重い溜息をついて、肩に下げた革鞄の中を見て、昨日図書館から持ち出した本が入っている事を確認する。

「今はサラどころじゃないからな」

 聞かなければならない事がある。
 森に隠れ住む彼女に。
 別のルートを通ったせいでやや時間がかかったが、ようやくいつも通っているエルゲ山へと続く道へと辿りつく。

「?」

 振り返る。誰もいない。
 いまだに視線が気になる。

「本当に明日、サラに止めさせないと」

 頭を振って余計な考えを振り払うと、森へと向かった






© 2009 覚書(赤砂多菜) All right reserved