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欠落の代償−18page






 中学生としての期間を半分消化した頃にはもう一人暮らしをしていた。
 正確に言うなら追い出されただけだが。
 うすうす異常者であると気付かれていたとしても、仮にも血のつながった娘を追い出すのだ。
 それなりのきっかけもある。
 彼女自身にとっては大した事ではなかったが、その時の惨状を見た母は気絶し父は蒼白な顔で叫んだ。
 気でも触れたのか、と。
 何をいまさらとは思いもしたが、物心ついた時から飼っていて家族の中で彼女に一番なついていたペットの柴犬を刺殺したのだ。
 確かに欠けていない両親から見れば正気を疑いたくもなるだろう。
 彼女はただ、通販でその日に届いたナイフの使い心地を試してみたかっただけなのだが。
 病院に閉じ込められなかったのは本当に運が良かった。
 それは怨みに思われるのが恐かったのか、それとも体面を気にしたのか。
 彼女にアパートを用意して両親は遠くへと引っ越してしまった。
 その事については、怨みに思うどころか彼女は申し訳なく思っている。
 両親に非はない。
 ただ、自分がこういう存在として生まれて来ただけなのだから。
 もし、自分が普通の娘として育ってきたならば。
 今も家族と共に、幸せに生きていけたのだろうか?
 …いや、そうではない。
 そんな事はありえないだろう。
 あったとしたら、それは彼女ではない彼女だ。
 異常な性癖を含めて今の彼女なのだ。
 IFはあってはならない。
 どこまでも、どこまでも。
 レールを走る列車のようにただまっすぐに走るのだ。

 ”焼けた殺人鬼”を目指して。





 妙に明るい日差しが目に突き刺さった。
 違和感を感じる。
 自分の部屋なのに。

「あれ?」

 狭霧は体を起こして首を傾げた。
 部屋が明る過ぎる。
 枕元にあるアニメキャラが時計版にプリントされた目覚まし時計を手に取る。
 ちなみに買ったのは真理亜。

「………」

 眉を潜める。
 針の向きが有り得ない時刻を差している。
 窓を見る。
 どう見ても午後に突入している。

「…あれ?」

 目を細めて時計を凝視する。
 間違いない。
 もはや遅刻云々レベルではない。
 寝坊にしても極めて豪快である。

「昨日、寝るの遅かったし仕方ないか」

 寝過ごしたものは仕方がない。
 衝撃はたった一瞬。
 事態に納得すると、ぼてんっと狭霧はまた横になった。
 今から登校しても6限目に間に合うかどうか。
 だったら、素直に休もう。
 充分寝たのだから、これ以上寝なくてもよさそうなものだが、狭霧はまた布団に潜りこんで眉を潜めた。
 またも違和感。
 それの正体はすぐに気付いた。

「コーヒー?」

 香ばしい香り。香ばしすぎる香り。
 まるでインスタントコーヒーの粉の入った瓶の匂い。
 …嫌な予感がする。
 引き戸の向こうの台所にいる気配の正体は誰だ?

「…んーと、これくらい濃かったら目がさめるかな?」
「体壊すからやめて」

 スパーンッと勢いよく引き戸をあけると無敵の羊がそこにいた。

「おっはよー、狭霧」
「…おはよ、真理亜」

 視線は真理亜ではなく、彼女の前でぐつぐついっている黒い汁に注がれている。その側にはインスタントコーヒーの空瓶が転がっていた。
 たしか封を開けたばかりのはずだが。

「まだ眠そうだけど、コーヒー飲む?」
「そのとろみがついた液状のものをコーヒーと言い張るのか、あんたは」

 見るのも嫌だけど、どうしても視線が向いてしまう。

「それ、ちゃんと処分してね」
「えー、もったいない」
「だったら、自分で飲んでよ」
「やだ」

 自分が飲みたくないものを作るなと思った。
 というか、それ以前になぜ煮る。
 インスタントコーヒーは湯を注ぐものだ。

「で、どうやってこの部屋に入ったの?」
「鍵開いてたよ」
「………」

 そう言えば、出かけようとした所に電話がかかってきて、その後閉めた記憶はない。
 …が、だからといって勝手に入るのもどうかと思うが。

「学校は?」
「サボりー」
「この不良」
「えー、今まで寝てた狭霧がそれ言うのぉ?」
「誰のせいだと思ってるの。人が寝る寝ると散々言ってるのに一向に寝させないで明け方まで電話に突き合わせたのはあんたでしょうが」
「だって、あたしはちゃんと午前は出席したよぉ?」

 …確かに制服姿だ。

「午後をサボってたら同じでしょ。もう」

 とてとてと部屋に戻る。

「また寝るつもりならコーヒー飲んでもらうよぉ」
「それ見たら眠気なんて吹っ飛んだわよ」

 引き戸をピシャッと閉めて寝間着を脱ぎ始める。

「役得、役得」
「見るな」

 間一髪、わずかに開いていた隙間は枕が激突する瞬間にきっちり閉った。





「くそっ、つかえねぇ奴等だなっ!!」

 衝動的に携帯電話を地面に叩き付ける。砕けた液晶画面の破片が飛び散った。
 苛立ちがそれだけでおさまらなかったらしく、携帯電話の残骸を蹴りつける。破片をばらまきながら公園をとりまくフェンスにあたって跳ね返り、背の高い雑草の中に埋もれていった。

「もったいねぇなぁ」
「うるせぇっ!」

 肩を怒らせて側にあった筒状の屑箱を蹴り上げる。
 金属製とはいえ薄いそれはあっさりとへこみ、物音に側に驚いてこちらを見たサラリーマンらしき男性を目で追い払ってドカッとベンチに腰を下ろす。

「仕方ねぇだろ? 見つからねぇのは。写真とかある訳じゃねぇんだし」
「…辻斬りの噂だけなら色々聞いているだろが」
「所詮噂だろ? 第一だ。奴が辻斬りだって保証は…」
「あんなふざけた野郎が何人もいるわけないだろが」

 苛立ちを紛らわすようにトントントンと指先がベンチを叩く。
 ベンチに座った少年を取り囲むようにいる仲間達の何人かがその通りだといわんばかりに肯いた。

「っ!」
「ほら、興奮するなよ。傷が広がるぞ」

 あれきたような言葉に一瞥をくれて痛みを感じた腕に手の平をあてる。
 ドンクッドクンッと固く包帯がまかれているそこに血の流れを感じる。強く脈打っているように感じるそれは苛立ちのせいか、それとも恐れか。

「なぁ」
「あ?」
「その辻斬りの事だけどな。一人だけなのか?」
「…どういう意味だ?」
「ほら、逃げるときに」

 剣呑な光を帯びた目を見て、相手は慌てて逃げると言った事を訂正する。

「引き上げる時に女に会ったろ?」
「…ああ」

 一瞬間が空いたのはその時の事を思い出していたからだ。
 正直な所、辻斬りに報復する事で頭がいっぱいでそんな事は言われるまで忘れていた。

「居た…な、確かに。だけど、それがどうした?」
「あの女は何者だと思う?」
「あん?」
「引き上げる時な、俺一回振り返ったんだわ。そしたらあの女。堤防の内側に降りていったんだよ」

 言われた方の少年は眉を潜めた。

「あの女…か。確か辻斬りがどうのってぬかしていやがったな」
「ああ、だからあそこに奴がいるって知らなかったはずがない」
「…仲間か?」
「さぁな。でも、その線で捜して見るのもありかもな」
「そっちの方を探せってか?」
「そうまで言ってないさ。そっちも手がかりになるようなもんはないしな。ただ、追加情報として付け加えておくのはありじゃないか?」

 言われて、しばし考える。
 周りの仲間達がどうするつもりかと注目する中、彼はポケットへと手を伸ばした。しかしその手はポケットの内側へと潜り込む前に止まる。
 携帯電話はさっき壊してしまった。

「携帯」
「ほらよ」

 仲間から投げられた携帯電話を受け取って、彼は情報収集部隊に片っ端から電話をかけ始めた。内容は無論、辻斬りとあの女についてだ。






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