DF−DarkFlame−-第二章-−1page
『××町の建設現場で金庫がバールのようなものでこじ開けられているのを出勤した作業員が発見し――』
薄暗い部屋で物音を立てているのは小型テレビから流れるニュース番組の音声だった。
健太郎は画面の方を横目に見ながらソファーの脇に背をあずけて呆けていた。
額から流れた汗が頬を伝う。
クーラーはつけていたが、温度調整がやや高すぎたようで
部屋全体が蒸している。
だが、それでもリモコンに手を伸ばすのすら億劫だった。
『次のニュースです』
ごくっと自分の唾を飲み込む音がやけに大きく感じる。
『○○ストア、△△町店に強盗が入りましたが、店長の反撃あって犯人は何も盗らず――』
いままで何気なくみていたそれが、こんなに重苦しいものだったのだと16年生きてきて初めて知った。
昨日は…流れなかった。今日もまだだ。この分では夜のニュースか?
暑さで思考がマヒしているのか、頭が回らない。
氷が溶けてぬるくなったアイスコーヒーのグラスを傾けて喉に流し込む。
溶けた氷が混ざりすぎてまったく味がしなかった。
ただ、口の端から2,3滴零れたものが服を汚した。
「ちくしょう…」
誰かに対してでなく、ただこの行き場のない苦しさの根元に対して吐き捨てた。
ふいに健太郎は体をびくっと震わせた。
彼の視線はTVの画面上部に流れる白いテロップに向けられていた。
だがそれは健太郎の思い描いた内容ではなく、隣の県の地震情報だった。
安堵するように、そして絶望するように溜息をつく。
「出てないようね」
エプロンを外しながら智子が言った。
今まで朝食の後片付けをしていたのだ。
「うん。今日も…なのかな」
ビル工事現場の焼死体。
すぐ見つかって犯人探しが始まると思っていた。
しかし、現実は違った。
あれから一週間、今だにニュースに流れる事はない。
場所が場所だ。
いわくつきの場所で焼死体ともなれば確実に騒ぎになるはずなのに。
始めのうちはいっそ見つからなければいいと思っていた。そんな事あるはずないのに。
だが、日が経つにつれいつまでも死体が発見されない日々は健太郎の心を確実に蝕んでいた。
「見にいこう」
「え?」
唐突に智子が言った。
「まだ、あそこに死体があるか確かめにいくわよ」
「な、なに言って」
「いくらなんでもおかしいわよ。あれだけ騒いで誰も通報してないなんて。何よりいつまでも家に閉じこもっている訳にもいかないでしょ」
健太郎は補習を休んでいた。
学校への連絡は智子が健太郎の体調が悪いので出来れば休ませたいと低姿勢で言ったのが功を奏したのだろう。
健太郎が貧血気味だというのは補習の教師達の周知の事実であったし、学校では優等生で通っていて健太郎の事情を良く知っている智子が言ってくるのだ。
そこまで状態が悪いのか、と教師達は察して、通える状態になったらまた連絡するようにと補習は中断状態になっている。
「いつまでも、ニュースに怯えていても仕方ないじゃない。まず、事実の真偽をはっきりさせようじゃないっ」
「…事実って?」
「それは──」
智子は言葉を失った。
健太郎の指先の景色が揺らいでいる。
黒い炎。
あの夜に見たそれとは比較にならないが、確かにそれは二人の命をうばいかけ、そして男を焼いたものだ。
「もう、あの時のイメージを重ねる必要すらなくなったよ。どうやればいいか…分かるんだ。まるで昔から知っていたみたいに」
未だ黒い炎を灯す指先は微かに震え、それを押さえるようにもう片方の手が手首を掴む。
そして、顔を伏せ額を手首に押し付ける。
「真偽ってなに? あれは夢じゃない。現実だ。僕がこの力であの人を焼いた…、僕は」
顔を上げた健太郎の頬を涙が伝う。
「僕はバケモノだ」
「違う」
「何が違うんだよ。智子に何が分かるんだっ」
「そうじゃない、そうじゃないわよっ」
「何がそうじゃないんだっ!」
「あんたは…あんたはバケモノなんかじゃない。絶対違うっ!!」
「あっ」
黒い炎を恐れていないかのように、それを灯す手を払いのけて、智子は健太郎に抱きついた。
「私はあんたを知っている。健太郎を、健太郎という人間を知っている。ずっといままで一緒にいたじゃない。あんたの事は誰よりも私が知っているわよ」
健太郎の発した炎は消えていた。そして、今その手はしがみつくように智子の背に回されている。
「智子…ともこぉ…」
しゃくりを上げる健太郎に智子は頬をすりよせる。
「あんたはあんたよ。ちょっと頼りない私の従弟。そして大事な家族。誰にもあんたをバケモノなんて呼ばせやしない」
どれくらい、そうしていたか。
健太郎の涙は止まっていた。
「…怖いわよ、私だって」
「え?」
「怖い。だからこそ、早く事実をはっきりしなくちゃ」
「智子は…。強いね」
「強くない。強くなんかない。…あの時のあんたみたいに、死ぬかもしれないのに黒い炎から私を庇ったあんたほど強くないよ」
「智子…」
智子は身体を離して立ち上がった。
健太郎はそのぬくもりを惜しむように両肩を抱いて不安そうに智子を見上げる。
「もう一度、あの場所を確認するわよ。もしかしてあいつがまだ生きていたのかも知れない。だから死体が見つからなかったのかも」
「死体があったら?」
「正当防衛よ。私が証人。でも、黒い炎の事は伏せたいから警察に通報とかはしない」
「良いのかな?」
「良い悪いじゃない。それにあんたは十分苦しんだ。あんたに責任なんてないのに」
智子は心のうちで健太郎に語っていない事があった。
もしも、死体があったら、それを隠蔽する事をつもりだった。
当然、それはれっきとした犯罪だ。
だが、今の智子にはそれは瑣末な事だ。
健太郎を救う、その事しか頭になかった。
「わかった」
落ち着いた口調で健太郎が言った。
「確認に行こう」
「うん」
「ごめん。背中押してもらって」
「何言ってるの、いつもの事でしょ」
智子は笑ってそう言った。
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