DF−DarkFlame−-第三章-−1page






「毎日、なんでこんな宿題の山が出されるの?」
「それは、あんたが一週間以上、補習を休んでたからでしょ」
「好きで休んでたわけじゃないよ。智子だって知ってるじゃないか」

 補習からの帰り道、ぶつぶつ不平を言う健太郎と、それをさらっと受け流す智子。

「先生達もあんたの留年を避けようと努力してるんだから、当の本人が文句言わない」
「それにしたって、この量を翌日までにやるって無茶振りじゃないか。智子も手伝ってくれないし」
「あんたの宿題を私が手伝ってどうするのよっ。補習休んだ分の補完でしょ、それっ」
「にしても多すぎるよ。あの人達に手伝ってもらおうかな」

 健太郎はずっとつかず離れずついて来る微かな炎気の方へ視線を向けようとしたが、もはや張り手に近い勢いで、両頬を智子の手のひらで押さえつけられ強引に目を合わせられる。

「言ったでしょ。もうあの人達の事は忘れようって」
「ご、ごめん」

 頬を手の平で挟まれたままで縮こまった。
 しかし、炎気を感じない智子と違って、毎日付きまとう炎気を感じている健太郎にとっては、なんというか警戒というよりも日常の一部になりつつあった。

「お願いだから、手離して」

 他の通行人が何事か、と二人を見ながら通り過ぎていく。
 さすがにこんな目立ち方はしたくないのか智子は手を離した。

「智子、言われたばかりであれだけど忘れろなんて無理だよ。いつだってあの人達の炎気を感じるんだから」
「やっぱり、毎日」
「毎日というか、もう一日中。真夜中でもいるよ」
「抗争とやらで忙しい割には、随分と人手を割けるわね。やっぱりうさんくさいわよ」

 一度気圧された反動なのか、智子は八識を特に毛嫌いしている。
 ひりひりする両手の頬を擦りながら困ったように智子を見ていたが、何かに反応したように急に視線を別方向へ向ける。

「言ったそばから、また」
「八識さんだ」
「え?」

 言われて智子もそちらを向いた。
 帰路の先に確かに八識がいる。そばに斬場は見えない。

「…道変えようか」
「やめようよ。それにたぶん何かあったんだと思うよ、わざわざ来てくれたって事は」

 健太郎達が近づいてくるのを見て八識は満足そうに頷いて。

「久しぶりね。二人とも」
「まだ十日しか経ってませんが」
「あらら、あいからずね。智子ちゃん。健太郎君も相変わらず炎気に敏感ねー、一応可能な限り抑えてたのに。監視にあたってるメンバーも頭を抱えてたわよ、丸分かりだって」

 困ったように肩を竦める八識。
 何かあったんですか? そう問いかけようとするより先に。

「健太郎君。最近、何か妙な炎気を感じなかった?」
「妙な炎気…ですか?」

 健太郎の怪訝な様子から心当たりはないと察したのか八識は残念そうな顔をする。

「【燈火】のテリトリーにまた侵入してきたのがいてね。それもどうやら【紅】以外の奴らしいのよ」
「え? なんで?」
「それはこっちが知りたいわね。ただでさえ、【紅】の対応で精一杯なのにね。少人数らしいんで騒ぎを起こそうって訳じゃないだろうけど、テリトリーの長に挨拶もないって事はよからぬ目的なんでしょうね。最悪、攻め込むための下見って事もありうるわ。一人でも捕らえる事が出来たら私の炎術でなんとかなるんだろうけど」

 はぁ、と面倒くさそうにため息をつく。

「正直、健太郎君の炎気の探知能力に期待してたのよ。監視の連中もいるけど、こと炎気探知の能力はすでに君のほうが上回ってるって報告が上がっててね。それでクモの糸を登るつもりで聞き来た訳だけど」
「特にかわった炎気は…」

 一瞬、脳裏にレザーずくめの女性の姿が思い浮かんだが、だが八識は最近と言っている。
 すぐに思いを打ち消した。

「ないです」
「よねぇ。クモの糸もあっさり切れたか」
「それだけの為に来たんですか?」
「ん? まぁ、監視の連中にコンタクトを取らせても良かったんだけど。見知らぬDFに来られて変に警戒されるのもあれだしね。それに健太郎君の状態を直に把握しておきたかったし」
「僕の状態?」
「ええ。なにか記憶に変化は? 炎術関係の知識とかが浮かんできたりしない?」
「いえ、全然」
「…そう。あいかわらずの状態か。何か外部から揺さぶりとかが必要なのかもね、と」

 智子が今にもかみつかんとばかりの表情をしていたのに気付き、八識は思わず一歩引いた。

「やらないから、落ち着いて。まぁ、用向きはそれだけよ。私はこれで退散するけど、前に渡した名刺、まだもってるよね?」
「はい、あります」
「何か気付いたり記憶に変化があったりしたら、私の携帯に連絡を頂戴ね」

 そして、八識は去っていった。

「もう、そんな名刺。処分しなさいよ」
「そんな訳にいかないよ。無茶言わないでよ」
「私にはあの女が災難もってきてるって気がしてるんだけど」
「…他に頼る相手がいる訳じゃないんだし、仕方ないじゃないか」

 実際、【紅】だろうが他のグループだろうが、襲われた場合にバックアップがあるというのは心強い。
 自分ひとりではなく、智子も一緒に巻き込まれる危険性もあるのだ。
 むげに出来る訳もない。
 そんな健太郎の気持ちを知ってか知らずか、智子は不機嫌そうに頬を膨らませた。






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