DF−DarkFlame−-第五章-−8page






 気を逸らしたのは一瞬だった。
 だが、戦闘中の一瞬は永遠に近い場合が存在する。
 いくら炎術の《魔獣》が無類の貫通能力を誇っていても、それは攻撃してこそ意味があるシロモノ。

「正気か、お前」

 その声の主が斬場だと気付いた時にはすでに黒い炎は目の前に迫っていた。
 反射的にそれを手で振り払う。
 本来ならそれで消し飛ばす事が可能であったはず。
 だが、その瞬間にそれが大きな間違いであったと気付いた。
 《付着》の炎術。
 それがそのDFが持つ昇華の型。
 過ちに気付いた時にはすでに接触してしまっていた。

「くっ」

 苦痛の悲鳴を抑えて全力で腕を包む黒い炎を自らの黒い炎で押さえつける。
 弾く事が無理なら力ずくで消滅させる。
 だが、焼かれる苦痛に耐えながらでは意思が散り散りになって思うようにいかない。

「くそっ、消えろっ!」
「…おとなしくしてろ」

 声はすぐそばから聞こえた。
 気付かなかったのは苦痛のせいか、それとも斬場が悟らせなかったのか。
 その腕には一振りの剣。炎術の《剣》。
 止めるのも逃げるのも、間に合わなかった。

「っ!」

 悲鳴すら言葉にならない。
 だが、風切音はしたものの、その先には予想された痛みはなかった。

「な、ん…」
「こいつはな、切りたいモノを選べるんだよ」

 得意げになるでもなしに、淡々と斬場は告げる。
 言われてみれば、先ほどまで腕を焼いていた黒い炎は消えている。
 斬場が切り払ったのだ。
 なるほど、そう納得すると共に健太郎は斬場に対する評価を改めざるをえなかった。
 どうやら自分は彼を過小評価していたらしい。
 斬りたいモノを選べる炎術の《剣》。
 障害物越しに敵を斬る事も出来れば、味方を盾にされても彼の場合は何の問題もない。
 《紅》に多い力押し一辺倒の連中と一緒にしていたら命がいくつあっても足りない。

「彼は?」
「逃げたさ、とっくにな」

 確かに目で見える範囲には先ほどまでいた宿木の姿はない。
 炎気を探ろうにも、戦闘行為のせいで近辺に自分や《紅》達の残留炎気が混じってまともに感知出来ない。

「どうして…」

 健太郎は目で問い掛けた。
 逃げる敵に斬場が気付かなかったはずがない。あえて見逃したのだ。

「やっかいな炎術の型のようだが、逃げる奴は深追いするなと【燈火】の長からのお達しだ」

 初めて会った時に問答無用で襲ってきたのは誰だったのか。
 目で抗議する。

「俺が望むのは《燈火》の安全だ。それに反すると思うものは排除する、それだけだ」

 言いつつ意味ありげに健太郎を見る。お前もそれに該当すれば容赦しない、そう言っているように取れる。

「それよりもどうするつもりだ、これは。こんな目立つ場所でやりあうなんて正気の沙汰ではないぞ」

 斬場が目を向けたのは破壊された器。それはかつて人間だったものの残骸。
 そこにはもうDFの気配はない、ただの焼けこげた死体だ。

「多少の事ならもみ消せるでしょう? 仮にもグループを名乗るならそれ位の機能はあるはずですし」
「器の処理はどうするつもりだ? 普通の人間が見たらただの焼死体。いや、変死体と言ってもいいだろう」
「やっておきます、消滅するまで焼き尽くせば済む話ですから。もしそれが信用が出来ないというのでしたらおまかせします」

 斬場は何かを見極めるようにじっとこちらを見詰めている。

「変わった…か?」

 それが良い事なのか悪い事なのか。彼がどう思っているかは口調から判断出来ない。

「変わるしかなかったんですよ。今更奇麗事を口にするつもりはありませんから」
「…そうか、それがお前の選択か」
「ええ。邪魔をするものは排除します。それが何者であろうとも。僕が前畑健太郎であり続ける為ならばなんだってやれますよ」
「分った。それはいいだろう。だが、今は【燈火】のメンバーとして言わせてもらう。二度と勝手にやりあうような真似をするな。【燈火】の長である八識がそう命令を出している」
「敵を放っておけと?」
「無暗に消せばいいって訳じゃない。特に戦力の限られている俺達にはな」
「…分りました。ただし、向こうから手を出して来た場合は」
「そこまで止めるつもりはない。好きにしろ」
「そうします」
「もういいから行け。始末はやっておく。うるさい嬢ちゃんが待っているんだろう?」
「いいんですか?」
「正直、お前に任せるより俺がやったほうが気が楽だ。余計な心配しなくて済む」
「…意外と苦労性ですね」
「組織である以上、誰かが面倒な事を引き受ける役回りになるのさ、それだけの話だ」

 それで話は終わりだと言わんばかりに斬場は追い払うように手を振った。
 健太郎は軽く頭を下げて背を向けた。

「そう言えば僕の監視をしていた人達は?」
「…いま、通行人の足止めに苦労してるよ」

 それを当てにしていたから、こんな人目のつきかねない場所で戦闘が出来たわけだが。

「繰り返すが勝手な真似はするな。【燈火】に来た以上は【燈火】に従ってもらう」
「別に反発するつもりもないですよ。…もうどこにも行く事なんて出来はしないのですから」
「…今だけは何も考えずにいる事だな」
「斬場さん?」

 振り返るが、斬場はこちらを見もせずに続ける。

「悩んだところで解決はしない。俺にも覚えがあるからな」
「…そうでしたね」

 どれだけ悩んだ所で現実は変わりはしない。
 理解は出来る。だけど、それは何も解決してはいない。
 先の時間から目を背ける行為は果たして正しいのだろうか?
 そう考えて思わず苦笑した。
 何を言っているのだろう。
 正しい事なんてもうどこにもない。何をいまさら、だ。

「智子のところに戻ります」
「ああ」

 斬場に頭を下げて今度こそ別れて智子の元へと引き返す。
 怒っている姿を想像して思わず笑みが零れた。
 さぁ、なんて言い訳しよう。






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