「ところで本当は何をしていたの?」
帰る道すがら、智子はポツンと呟いた。
健太郎は顔には出さなかったがギクリと心を震わせる。
それまで散々逃げた事を責められていて、まったく心の準備が出来ていなかったから。
「何って」
「焦げ臭い匂いがするわよ」
反射的に炎術を受けた腕を庇って、そして次の瞬間に自分の迂闊さを呪った。
カマをかけられたのだ。
「やっぱり…様子が変だと思ったんだ」
「い、いや、それは…」
水着売り場にいるのが恥ずかしかったのは嘘でもなんでもなかったのだが。
智子はたったいま健太郎が庇った腕をとった。
「怪我をしたの?」
「だ、大丈夫だよ。何ともないから」
「嘘、腫れているじゃない」
「すぐ治るよ。大した火傷じゃないし」
「…火傷って事は、またDFなのね」
ボロボロと綻びから何かが零れ落ちる。今、健太郎の心理状況をイメージにするとそんな感じだろう。
「また【紅】ってところ?」
「う、うん。実は、ずっと後をつけられていたんだ」
「…で、戦いにいったんだ」
「振り切ろうと思っただけだよ。結局、追いつかれて斬場さんに助けてもらったけど」
「ふーん」
あからさまに信じていない顔をされて、健太郎は目を背けぬよう必死だった。
8割方嘘だと見抜かれているだろうが、それでも全部を話すわけにはいかない。
彼女の感覚では自分のした事はただの人殺しだろうから。
「ねぇ、健太郎。ちょっとこっち来て」
「え? な、なに?」
道の端によってちょいちょいと手招きしている智子に対して、首を傾げながら近寄る。
ふいに視界に火花がとんだ。
「自分の体をなんだと思ってるのよ、あんたはっ!!」
平手打ちを食らったのだと気付いたのは数秒たってからだった。
しばらくするとじんじんとしびれるような痛みと共に頬が熱くなる。
智子に殴られる等は日常茶飯事だが、これはそのどれよりも痛かった。
「智子…」
「もっと自分の体を大切にしなさいよっ、なんでわざわざ危険な事をするのよっ」
「い、いや。それはっ」
「それは何っ?! 確かにあんたは強いのかも知れない。それでも無敵って訳じゃないんでしょっ?!」
「僕は…」
何も言えない。言える訳がない。
智子を巻き添えにしない為にあえてこちらから打って出るなど、決して人間の前畑健太郎は考えないのだから。
智子の前にいる前畑健太郎は、唐突に黒い炎が操れるようになった普通の少年。
決して、人食いのバケモノなのではないのだ。
「返してよ」
「…智子?」
「返してよ、以前の健太郎を。私が好きだった健太郎を返してよっ」
心臓が止まりそうになると言うのはこういう事を言うのか。
大粒の涙を流す智子の顔を直視出来なかった。
たぶん、彼女は分って言った訳ではないのだろう。
それでも言葉の刃が心に突き刺さる。
「ごめん。ごめんよ、智子」
それは何に対しての謝罪か。
彼女から前畑健太郎を奪った事か。
それとも前畑健太郎を演じきれなかった事なのか。
「ごめん…」
ただ謝るしかない。
涙を流しながら無言で睨みつけてくる彼女をぎゅっと抱きしめた。
彼女は拒まなかった。
「ごめん、智子」
ずっとずっと謝り続けた。
それしか出来なかったから。
第五章 完