二人を結ぶ赤い有刺鉄線 第一章 Missing−第15話






「ん?」

 登校すべく家を出てすぐ、前方にいる人影が亜矢である事に気付く。

「おい、亜矢っ」

 声をかけると人影はびくっと震えて、駆け出そうとした。
 もう何日言葉を交わしていないのか。
 このチャンスを逃せば、次はいつになるのか。

「まてっ、亜矢っ!!」

 近所迷惑になっても良い。あたりに響き渡るくらいの声で呼び止める。
 さすがに亜矢の足も止まっている。
 それにゆっくりと修平が近づいていく。
 そして、人が一人二人入るくらいのスペースで足を止めた。

「亜矢」

 今度は普通に呼びかけた。
 振り向いた彼女は健気なほど平静を装うとしていたが、悲しいかな長い付き合いでそれが本心でない事を見抜けてしまう。

「俺が美月と付き合うのがそんなに嫌か」

 まどろっこしい言い回しをせずに、核心を聞いた。

「そ、そんなの、しゅーちゃんの勝手、でしょ」

 言葉とは裏腹に目に涙が見る々々うちに溢れてきた。

「なんで?」
「え?」
「なんで、あの人なの?
 ずっといっしょにいたじゃないっ。
 しゅーちゃん、あたしといたじゃない」
「亜矢、お前……」
「もっと、早く言えば良かったの? 好きだっていえば良かったの?
 だって、しゅーちゃん分かってるって思ってたもん。
 言葉にしなくても伝わるって思ってたもん」

 亜矢は背を向けた。

「こんな事なら別の高校に行けば良かった。
 そうすれば、しゅーちゃんが他の女の人と一緒にいるとこなんて見なくて済んだのにっ!!」

 そして、走って行った。
 今度は修平も止めなかった。





 後ろから足音が聞こえる。
 いつも通りだ。

「おっはよー」

 美月が飛びついてくる。
 さすがに周囲も慣れたのか、足を止めるものはいない。

「ああ、おはよう」
「ん? どうしたの?」
「なにが?」
「なにがって、全然元気ないじゃない」
「そうか?」
「ふむふむ。ならば私が元気を分けてあげようじゃない」

 どうやって?
 聞く前に頬に美月の唇が触れていた。
 さすがに周囲の生徒達が歓声を上げる。

「って、おまえなぁ!」
「ほらっ、元気になったでしょ」
「人前でやるなよっ」
「あら、人前じゃなきゃいいの?」
「そういう事言ってんじゃねー」

 からみつく美月そのままに、やけになって修平は登校した。





 校舎に入る寸前、すぐ背後でなにか陶器のようなものが割れる音がした。

「え?」

 修平が振り返ると、植木鉢が割れていた。中に詰まっていたと思われる土や植えられていたと思われる花を撒き散らして。

「修平君! 大丈夫?!」
「あ、ああ……」

 一歩、後一歩進むのが遅かったら。
 考えたらぞっとした。
 上を向くと一瞬だけ人影が見えた。

「加太ね、加太でしょう? こんな事するのっ」

 美月の顔色は悪かった。嫌がらせにしても度が過ぎている。

「証拠がないさ。さすがに偶然とは思えないけど、あいつがやったと決め付ける訳にはいかない」
「でもっ」
「直撃してたら死んでたかもな。だからこそっ。もし、加太がやったんじゃないんならとんでもない冤罪を押し付ける事になる。分かるだろう美月」
「……うん」

 納得は出来ていないようだが、不承々々に頷く美月。

「さて、じゃ片付けるか」
「え?」

 修平は植木鉢の破片の比較的大きいものを受け皿に、周囲の破片を集めだした。

「放っとくと他の奴が怪我して危ないだろ?」
「あっ、手伝う」

 スカートのまくれに気をつけながら、美月も破片を拾い始めた。






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