二人を結ぶ赤い有刺鉄線 第一章 Missing−第14話
家に帰った修平は、そのままゴロンとベッドに横たわった。
思い返すのは、唇に今も名残が残っているような柔らかな感触。
キスなんて初めての経験だった。
これまで異性と付きあった事なんてなかった。
亜矢がつきまとっていた事もあったが、そもそも恋愛に興味が持てなかった。
だが、今は?
美月は付き合う相手として最高だと思う。
綺麗で聡明で明るくて。彼女以上の存在なんて探すのが難しいだろう。
いや、そもそも修平と彼女では圧倒的に釣り合いが取れていないのだ。その点で言えば実は加太の事は言えない。
それは、とてつもない幸運。
なのに、この腑に落ちない気分はなんだ。
頭の中の人物像が美月から別の人物に変わっていく。
あいつ、絶対泣いてたよな。
昇降口で別れたままの亜矢。
家は斜向かいだ。
会いに行こうと思えばいつでもいける。
だが、今の修平にとっては千里の道のように遠く感じる。
あいつは俺の事が好きなのか?
兄妹的なものじゃなく。
でも、俺は? 俺はどうしたいんだ?
自問する修平だったが、答えは一向にでなかった。
この問題には解法などないのだから。
それからも修平は美月の家に通い勉強を続けた。
さすがに夕食は遠慮したが。
「で、どう。今の所自信の程は」
「そうだな。前々回分を取り戻す……いや、40台狙えるかも」
「ちょっと目標が小さいわね。男なら1桁台目指しなさいよ」
「いや、それはちょっと無理がありすぎるだろ、ハードル高すぎ」
「何が無理よ。私が実践してるじゃない」
「それは元々の出来が違うんだ、俺はあくまで一般人だ。お前みたいな完璧超人じゃないっ」
「人をバケモノみたいに言わない」
座布団代わりにしていたクッションが、修平の顔面に命中する。
それの勢いに負けたように修平がそのまま床に倒れこむ。
「ねぇ、今週末空いてる?」
「ん? ああ。またデートか?」
「うん、今度は映画にしない? ほら、いま人を殺せない殺人鬼ってキャッチフレーズでCMやってるでしょ」
「ああ、欠落の代償か。またコアなもんを……」
「だって、ラブコメとか展開が読めてつまんないもの」
「いいぜ、待ち合わせは現地集合?」
「うーん、人がいっぱいいるかもしれないから」
美月はパソコンで地図を呼び出す。
「ここの交差点でどう?」
「分かった」
「じゃ、約束ね。帰りにウチよってご飯食べてく?」
「おーい。また繰り返すのか、あれを」
「こうなったら、あの二人が慌てるほどイチャついてやる」
「勘弁してくれよ。俺の心臓がもたない」
風呂から上がり、部屋に戻ると携帯が震えているのに気付いた。
普段からマナーモードにしているからなのだが。
液晶ディスプレイには北大路と出ている。
「もしもし」
「修平君? 私だけど」
「どうした? また家の前に加太が居たりするのか?」
「ううん。用もなく電話しちゃダメ?」
「え? い、いや。そんな事ないけど」
「あははっ」
「……美月?」
「いや、私もこんな事は初めてだから、少し緊張してるかな」
「かけといてそれかよ」
二人はそれからしばらく話し続けた。
服を着るのを忘れていた修平は危うく風邪をひくところだった。
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