二人を結ぶ赤い有刺鉄線 第一章 Missing−第13話






「……謀ったわね、良美さん」

 ギロリと何食わぬ顔で明後日をみているメイド服をにらみ付ける美月。
 テーブルには4人着席している。
 修平と美月、そしてスーツ姿で痩せ型の40代位中年男性と、作業着なのか、あちこちに色のついた染みをつけた作務衣のような服を着た30代半ばくらいの女性。

「お父さん、今日は出張先で一泊のはずでは? お母さん、今日は徹夜だっていってたわよね?」
「いやいや、思ったよりも商談がスムーズにいってね。ホテルをキャンセルしてきたんだ」
「締め切りがもう少し先だから、そこまで急がなくてもいいかなー、って思ったの」

 ふふふふ、ホホホホと勝ち誇ったように笑う二人。
 娘の射抜くような視線をものともしない。
 本人には言えないが、間違いなくこの二人は美月の両親だと修平は納得した。
 そして、良美が料理を運んでくる。
 ハンバーグだ。ごく普通の一般家庭の料理……ではなかった。
 さすがは北大路家と言うべきか。
 どこの高級料理店をケータリングしたのかと思わせる一品だった。
 プレートに乗せられて芳しい香りを放つハンバーグといい、付け合せの盛り付けといい、見てるだけでもご飯が何倍も食べれそうな代物だ。
 美月が良美を超一流と評していたのが分かる気がする。

「どうしたね、修平君。遠慮しなくていいぞ」
「そうよ。育ち盛りなんだから、足りなかったらおかわりしてもいいわよ」

 とりあえず、せっかく料理して頂いたものを食べない訳にもいかないので、ハンバーグにナイフを入れる。
 ジュワッっと零れ出た肉汁が金属のプレートに触れ蒸気を放つ。
 覚悟を決めて一切れ口の中に運ぶ。
 修平の中のハンバーグというカテゴリが分裂の危機に陥った。
 今まで食べていたハンバーグとはいったいなんだったのか。
 いつの間にか、無意識のうちに手と口が次々と料理に手をつけていた。

「しかし、友達すら滅多に呼ばない美月がボーイフレンドを連れて来るとは」
「年頃の娘なのに心配していたけど、我慢して待った甲斐があったわね」

 美月のこめかみがぴくぴくっと痙攣したが黙って料理に手をつけている。

「これで北大路家も安泰だな」
「ええ、大学卒業したら盛大に式をあげましょう」

 思わず口に含んだものを噴出しそうになってあわてて口を押さえる修平。

「だーかーらー、二人がそんなだからうかつに人呼べないのよっ。確かに修平君とは付き合ってるけどね、先の事は分からないでしょ!」
「まぁ! 付き合ってるですって」
「若いっていいなぁ、母さん」

 さすがに美月も両親に勝てないのか、悔しそうに黙って料理を食べる事に専念する。
 修平にとってはある意味、天国と針のむしろを両方味わっている気がした。





「ごめんね、修平君」
「いやいや、美月のせいじゃないだろ」

 門の前まで見送りに来た。
 ちなみに両親及び良美は美月が絶対に付いて来るなと釘をさしている。

「勉強もはかどったし、たぶん本当なら一生食べられないようなご馳走を頂けたんだ、感謝するべきだよ。
 もっとも、明日以降はもっと早く帰るようにする、普通のご飯が食べられなくなりそうだ」
「ふふっ、そうね。でも、私としては別に毎日食べに来てくれてもいいわよ」
「なんだよそれ」
「あ、ちょっと待って」

 帰ろうと一歩足を踏み出した修平が振り返る。
 言葉を返す間もなかった。
 修平の唇が美月の唇と重なったせいだ。
 やがて唇が離れたが修平は呆然と美月を見た。

「始まりはフリでも、本気になってはいけないって事はないよね」





 二人の様子を物陰から見ている人物がいた。
 加太俊夫である。
 彼はぎりぎりと歯をすりあわせ地団駄を踏んだ。
 距離があるので二人には気付かれなかった。
 まるで呪いの呪文のように低い声で呟いた。

「美月を盗った泥棒め、絶対に天罰を食らわせてやる」

 その血走った目には狂気の炎が宿っていた。






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