二人を結ぶ赤い有刺鉄線 第三章 Road−第01話
「アカンアカン。
何ぼ言われても知らんもんは知らんし、例え知ってても今のお前に教える訳にはいかんわ」
校舎裏で健二がお手上げのポーズで拒絶する。
修平がどれだけ食い下がっても、彼は態度を変える気配はない。
思わず、健二の肩を掴み
「だったら、なんで俺にあそこの事教えたんだよ。なんで亜矢があんな事になってるって教えたんだよ」
搾り出すような声に、健二も言葉に詰まるが
「お前の幼馴染やからな、教えといた方がええと、そう思たんや。
ただ、その後の事を考えてなかったんは俺が軽率やったわ。
けどな、次のドラッグパーティの日時知ってどうするつもりやねん。
お前、仮面ライダーや戦隊モノのヒーローにでもなったつもりか?
お前はどうか知らんけど、俺はお前をダチや思うとる。そんな奴をみすみす脅し抜きで死ぬの殺すのやってるような連中のとこ行かせる訳にいかん。
北大路に合わせる顔もないしな」
健二は顔を背け、それに、と続ける。
「亜矢ちゃんの問題はドラッグだけちゃうねん」
「え?」
「元々、俺が亜矢ちゃん見かけたのはウリやってるとこを見かけたからや。ウリってわかるやろ、売春や」
「な……んで、そんな」
「何日も家帰ってへんねやろ。やったらホテルなりどっかに泊まるわけや。メシも食わなあかん。そんな金、どっからでるんや」
修平の膝が折れた、両手が地面に落ちた。
「俺かってなんとか出きるならしてやりたいわ。堕ちる途中の奴ならどうとでもなるけど、完全に底辺に浸かってもうたらアカン。例えそこから引き出そうとしても、他の連中が足を引っ張りおる。
そして、なによりウィッチが関わってるのが致命的や」
「……ウィッチ?」
健二がつま先で地面にHHと書く。
「ハイヒート、それが奴らの扱ってるドラッグや。
それ以外はあの街じゃ流通してへん。全部こいつにシェア食われたからな。
エクスタシーって名前くらいは聞いた事あるやろ?」
「麻薬の一種だろ?」
「ああ、俺も詳しい訳やないけど、ハイヒートはそれをベースに改良されたもんらしいわ。
依存性なし、エクスタシーが持つ副作用もほとんどないらしいわ、ほんとか怪しいもんやけどな。
そして、なによりエクスタシー自体にはない性的興奮を高める効果があるらしいわ。だからこそのあの乱交パーティーがあるんやろうけどな。
ただ、たった一つだけ副作用的なもんがある」
「……それは?」
「ベースとなったエクスタシーの効果にも多幸感、まぁハッピーな気分になれるってことやけどな、それがハイヒートにも同じ効果がある。
ただし、ハイヒートの場合、ドラッグ自体の効果が切れてもその多幸感がしばらく続くんや」
「それはいけない事なのか?」
「……多幸感と言えば聞こえはいいけどな。ようは何の理由もないのに頭がお祭り騒ぎ状態って事や。野球やサッカーでもあるやろ。観客が興奮しすぎて無茶やらかす奴。一線を越えるって言葉があるけど、それをノリでぴょいぴょい飛び越えよる。
しかも、ハイヒートはやってた期間が長いほど、効果が切れた時の多幸感の持続時間が延びよる。
その内にそれが当たり前になってくる。そうなるともはや別人や、だから」
健二は地面に書いたHHの横にイコールを書いて、さらにWHと書き足す。
「まるで悪い魔女によって人格を変えられた、そんな風にも見えるから通称ウィッチと呼ばれとる。
重度の奴は笑いながら平気で人殺せるやろな。ヤクザよりよっぽどおっかない連中や。
……そして、亜矢ちゃんもウィッチやっとるやろ。それもたぶん随分前から。
比喩ではなしにお前の知っとる亜矢ちゃんじゃのうなっとる可能性も高い」
そして、健二は自分で書いたHH=WHを蹴りつけて消していく。
「お前が亜矢ちゃん助けたい言うんは分かる。
けど、忘れんな。俺ら高校生やぞ。何の力もなく、何の後ろ盾もない、ごく普通の学生や。俺らに出きる事は何もない。警察ですら賄賂で見て見ぬフリしとる。
自分が無力やって認めろや」
健二は跪いている修平を持ち上げるように立たせた。
「間違えんなよ。無力なんは罪やないんや」
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