二人を結ぶ赤い有刺鉄線 第三章 Road−第02話






 学校からの帰り道、亜矢の母親に出会った。
 買い物帰りらしく、食材の入ったビニール袋を提げている。

「あら、修平君」
「こんにちは、亜矢から連絡ありました?」
「ええ、友達の家にいるって電話では言っているのだけど……」

 たぶん、亜矢の母親もそれが嘘である事は分かっているのだろう。
 だが、まさか自分の娘が売春やドラッグに手を染めているなど夢にも思っていないだろう。
 修平は何一つ真実を告げなかった。
 それが何の救いにもなりはしないからだ。

「修平君。もし、亜矢を見つけたら」
「ええ、家に帰るよう説得します」

 キリキリと幻聴が聞こえる。
 この身を縛る有刺鉄線を引き絞る音。
 平然と嘘をつけた自分がとてつもない悪人に思えた。





 あはははっ

 亜矢が笑っている。
 見知らぬ男に、まだ成熟していない胸を背後からもみしだかれ、別の男性の腰にまたがりながら、時には緩やかに時には激しく腰を振っている。
 背後の男が顔を近づけると、ためらいもせず肩越しにその唇に自分の唇を合わす。
 亜矢の表情に、罪悪感も苦悩も感じられない。
 ただ、快楽に酔いながら、どうしようもなくあふれる幸福感に身を任せている。

 そこで修平は目を覚ました。
 胃液がこみ上げる。
 たまらず、ベッドから飛び出し、階段を駆け下りてトイレの便座を空け吐き出す。まるで終わりがないかのように、次から次へと胃液があふれ、喉を焼く。

「修平、大丈夫か」

 かなり、大きな物音を立てた為、両親も目を覚ましたのだろう。
 父親が声をかけ、母親も心配そうに見ている。
 もう吐くものが無くなっても、何度もむせびながらぐったりと壁に背を預ける。

「ごめん、起こしちゃった?」
「そんな事はいい。どうした? 具合が悪いのか?」
「いや、ちょっとだけ夢見が悪くてね」
「夢見が悪いって、とてもその程度には見えなかったわよ」

 言える訳がない。
 ただ、両親を心配させる訳にもいかない。
 修平は手をひらひらと力なく振った。

「俺は大丈夫だから寝てて。ちょっと派手に吐いたから、休憩してから寝るから」
「救急箱に吐き気止めが入ってるから。寝る前に飲んでおいたら?」
「サンキュ、母さん。そうするよ」

 今出来る精一杯の笑顔で二人を見ると、両親はまだ不安そうだが自室に戻っていった。
 両親が去ると、途端に笑顔が崩れ疲れた表情に変わる。

「今更ながら美月の強さを尊敬するな」

 そして、思い出しそうになる彼女の笑顔を打ち消した。
 今、考えるべきはそうじゃない。
 亜矢の事だけを考えろ。
 健二は言った。無力は罪じゃないと。
 その通りだ。
 だから、考えろ。
 無力な自分が出来る事を。
 ヨロヨロと立ち上がり、水を飲む為に台所に向かった。
 そのまま世を明かすつもりだ。
 今日はとても寝る気になれない。






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