二人を結ぶ赤い有刺鉄線 第四章 Witch−第03話






 ノックの音に亜矢は目を覚ました。
 両親ならすぐ入ってくるが、戸が開く気配は無い。
 そして、ある可能性に気付く。

「しゅーちゃん?!」
「外れ」

 それは女性の声だった。
 戸を開けて入って来たのは美月だった。

「ちょっと付き合って欲しいんだけど」





 修平は亜矢の病室に向かっていた。
 いつまでも会えずじまいでいる訳にはいかないと思い立ったからだ。
 だが、病室の前で亜矢の母親が戸惑った様子で立ち尽くしている。

「どうかしたんですか?」
「あ、修平君。亜矢、見かけなかった?」
「いえ、俺は亜矢に会うつもりで来たんですが……いないんですか?」
「ええ、もう20分くらい経つんだけど」
「分かりました。おばさんは入れ違いになるとまずいのでここで待っていて下さい。
 俺が探してきます」
「悪いわね」
「いえ」

 どの道会うつもりで来たのだ。
 少々手間が増えただけだ。





 美月と亜矢は土手の小道を進んでいた。

「どこまで行くんですか?」

 ハンドグリップを握る亜矢が聞く。
 美月は振り返らず

「どこでも良かったんだけどね。ここでいいか」

 そう言って用件を切り出した。

「どうして修平君に会ってあげないの?」
「会える訳ないじゃないですか、私はこんなに汚れてしまったのに」

 亜矢は声を落とした。
 しかし、美月は口調を変えず

「少なくとも普通に見れば、今の私よりあなたのほうがずっと魅力的だと思うけど」
「酷い……」

 亜矢は声を震わせた。

「知ってるくせに」

 しかし、美月は追求した。

「知ってるって? 何を? あなたが売春してた事? それで妊娠したこと? ドラッグに手を出した事?」
「知ってるんだったら!」

 叫びかけた亜矢はしかし、次の美月の言葉に凍りつく。

「加太をそそのかした事?」

 亜矢は口をぱくぱくさせ何か言おうとしたが言葉が出て来ない。

「私がトラックに轢かれる瞬間ね。あなたの姿が見えたの。
 表情でどういう事なのか分かったわ」

 ハンドグリップを通じて亜矢の震えが伝わってくる。

「私が死ねば修平君が自分を見てくれると思った? 
 残念ながら私は死ななかった。でも両足を失ったから、ある程度目的は達成できたのかもね」
「……それでも。それでもしゅーちゃんはあなたを取った。あなたを選んだ」
「だから、あなたはヤケになった。
 私を殺そうとしてまで欲しかった修平君を手に入れられないと思い込んだから。
 ……ほんと馬鹿ね」

 亜矢は思わずハンドグリップから手を離して、美月の正面にまわって襟首を掴む。

「あなたに何が分かるのっ?」
「何が分かるって?」

 美月は手を伸ばして逆に亜矢の襟首を掴んだ。
 虚を付かれた亜矢はそのまま、勢いに任せて自分ごと倒れこむ美月に巻き込まれて土手を転がった。
 勢いが止まったときには、美月の上に亜矢が馬乗り状態になっていた。

「私がわかってるのは、あなたが余計な事をしなければ、今ごろ修平君とあなたは幸せな恋人同士になれてたって事くらいよ」

 亜矢は意味を理解できず、美月の次の言葉を待っていた。

「あの日、修平君は私と別れるつもりだったのよ。何事もなければね」
「う、うそよ」
「間違いないわよ。何しろ本人に確認とったんだから」
「うそっ!」

 亜矢が掴んでいる襟に力がこもり、美月が苦しそうにする。
 しかし、美月は言葉を畳み掛ける事を止めなかった。

「私は別にあなたを恨んでいない。
 いえ、正確には恨む意味がない事を理解しているだけ。だって何をしても私の両足は戻ってこないもの。
 でも、あなたは修平君を傷つけた。自分を傷つける事で修平君がどれだけ苦しんだ事も知らず。
 それなのに会えない? 本当ならあなたから会いに行かなきゃならないんじゃないの? 汚れてる? 悲劇のヒロインを気取ってるんじゃないわよ。恋敵を殺そうとまでした人間がっ」

 美月の襟をつかんだまま、亜矢は絶叫した。

「言うなーっ!!!」






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