二人を結ぶ赤い有刺鉄線 第四章 Witch−第04話(最終話)






「亜矢?」

 聞き覚えのある声に亜矢は我に返った。
 修平だった。
 聞かれた?
 思わず、美月の襟から手を離してにげようとした。
 しかし、美月の手が亜矢の襟を掴んで離さない。

「どこに逃げるつもり? また同じ事を繰り返すつもりなの?
 あなたがあの日に私とあなた自身に結んだのよ、見えない有刺鉄線を。それで自分勝手に逃げ回るから間に挟まれた修平君に絡まり締め上げ彼を傷だらけにしてしまった。もう有刺鉄線も真っ赤でしょうね、修平君の血で。
 いい加減終わりにしましょう。私も疲れた。あなたも限界でしょ」

 疲れたとの言葉通りに美月の腕が襟から外れた。

「美月っ、何やってるんだよっ」

 土手の上から悲鳴のような修平の声。
 すべるように降りてくる。

「何って、ただのじゃれあい。修平君ともよくやったじゃない」
「あれはただバランス崩して落っこちてただけだろ」
「どっちでもいいじゃない。楽しかったし。悪いけど車椅子まで運んで」
「たくもう」

 修平は美月を抱えて土手を登っていく。
 亜矢は内心胸を撫で下ろした。
 今の様子ならさきほどの会話は聞こえていなかったようだ。
 ……でも、

『あなたも限界でしょ』

 先程の美月の言葉が胸を刺す。
 その美月の声が聞こえた。

「修平君、決着をつけるんでしょ!」
「あ、ああ。そうだな。そうだったな」

 修平は再び土手を降りてくる。

「亜矢、お前は俺をどう思ってる?
 俺はお前を好きだ。いや、好きだった。たぶん、お前は俺が知らない間にずいぶんと変わってしまったと思う。俺の知らない亜矢になっていると思う。
 だから、あるとすればこれからお前を好きになるって事だと思う。お前はどうなんだ」

 亜矢は修平の手を借りて立ち上がりながら応えた。

「しゅーちゃん。しゅーちゃん、私ね。しゅーちゃんが好きだった。
 でもね、目の前にいるしゅーちゃんは色んな事を乗り越えた別のしゅーちゃんみたい。
 もう、私が好きだったしゅーちゃん。いなくなっちゃったみたい」

 亜矢は土手をのぼっていく。
 そして振り返る、その手にはペンダントが握られていた。

「これは返さなくていいよね。
 だって、これは正真正銘私の知っているしゅーちゃんがくれたものなんだから」





「良かったの?」

 美月は病室にもどったときに車椅子を押す修平に聞いた。

「亜矢の事なら、昔の亜矢とは決着をつけられなかったけど、今の亜矢とは分かり合えたと思うから……。やっと取れた気がする」
「何が」
「前に美月が言ってたじゃないか、有刺鉄線って奴。もがけばもがぐほど、身体に食い込んでいった気がしてた。それが急に緩んで解けた、そんな気がする」

 美月はそんな修平を見て満足そうに笑った。

「そっか。よかったね。修平君」





 美月は物音で目を覚ました。
 戸が開く音?
 しかし、戸口付近には誰もいない。
 時間はもう深夜。暗闇が部屋に満ちている。
 気のせい?
 しかし、そう思った瞬間、布で口を塞がれた。
 そして胸を焼けるような痛みが走る。
 視線を下ろせば手術用のメスがガウンの左胸を貫いていた。

「これでしゅーちゃんがまた新しくなるね」

 見下ろす彼女と目が合った。
 それは恐ろしいほどの幸せそうな笑顔。

「ごめんねー、美月先輩。痛くて辛い目に2度もあわせて。でも、これで最後だから許して」

 薄れていく意識の中、彼女から新たな有刺鉄線が伸びていくのが見えた気がした。
 修平君、ごめんね。私の分しか外せなかったみたい。

 せめて、彼女と……



 そこで美月の意識は途切れた。




第四章(最終章) 完







© 2013 覚書(赤砂多菜) All right reserved