ダークプリーストLV1 第一章−第06話






「お待ちどうさまー」

 ゴブリンの男の子が二人、料理を運んでくる。
 背伸びしてテーブルに皿を置こうとする姿が微笑ましい。
 マドカとリーリスは皿を手にとって礼をいった。
 男の子たちは頭を下げて厨房へ戻っていく。
 厨房では忙しいそうにゴブリンの女性が並んだ注文用紙を見ながらナベを振るってる。

「ここの食堂はミガさん一人で切り盛りしてるのよ」
「へぇ」

 恐らくミガというのが調理しているゴブリンの名前だろう。
 店の名前もミガ食堂だ。

「さっきの男の子達は?」
「ミガさんのお子さん。五人兄弟よ」
「へぇ、大変ね」

 料理はリーリスと同じものを頼んだのだが、肉を炒めたものとパン、サラダが出てきた。
 何の肉か聞いてみたが、とたんにリーリスの言葉が意味不明になった。
 どうやら、マドカの世界には居ない動物らしい。
 ふと思いついて、牛や豚はいるのかと聞いてみた。
 逆にリーリスが怪訝な表情になった。
 なるほど、どうやらいないらしい。
 お互いの知識に該当する言葉がない場合は変換されないようだ。
 肉の正体は不明だが、こうして普通に店に出されている以上、食べられないものではないはずだ。
 マドカは一切れ口にすると、牛肉に近い味と食感がした。タレとよくあっていた。
 リーリスはマドカのように躊躇する理由がないので早いペースで皿のスペースが空いていく。
 ふと、ここへ来る途中の疑問を思い出した。

「そういえば、司祭にはヒューマンしかいないって話だけど、どうして?」
「ん? そんな事言ったっけ? まぁ、そうだけど」

 完全に忘却完了していたらしい。

「まぁ、事実その通りなんだけど。ヒューマンしか法術は使えないから」
「どうして?」
「アースの各種族にはそれぞれ固有の特技があるの。タレントって言うんだけど。
 例えばゴブリンは恐怖を一時的に麻痺させる凶化。コボルトは器用さと発明。オーガは矢を始めとした飛び道具を弾く固き皮膚。
 種族によっては複数のタレントを持っている場合もあるんだけど、恐らくもっとも多くのタレントを所有するのがヒューマン。そしてその一つが法術なの。
 つまりヒューマン固有の能力だから他種族は使えないの。もっともヒューマンのタレントは数だけ多いけど不完全なものばかり」
「不完全?」
「たとえば、法術だけど。誰でも使える訳じゃない。入信し、選別の儀式を経て助祭、まぁ司祭見習いの事だけど、そこまでいって修行の末に初めて使えるものなの」
「なにか、修行をしてって当たり前に聞こえるけど。他の種族は違うの?」
「基本的に前提条件無しで使えるみたい。タレントが多い種族の場合、一部は限られた者しか使えないって場合もあるけどね」
「鳥は鳥だからこそ飛べる、みたいなもの?」
「その表現がぴったりかな?」

 話しながらも見事にリーリスの皿は空になっていた。

「さて、これからの話だけど」
「見学の話?」
「それはここで終了。マドカのこれからの身の振り方の話」

 ああ、そういう事か。

「元の世界には帰る方法はないのね?」
「んー、出来るならそれが一番なんだけどねぇ。
 例の時空を歪めちゃった兵器。あれ光の側だけのものだから。設計図でも手に入れない限りは技術再現出来ないのよ。
 歪みを作った元が分からなければ、どうしようもないみたい」
「光の側では努力はしてるの? そっちには実物があるんでしょ」
「それがないの」
「え、なぜ?」
「まぁ、先の大戦の決着を一撃で決めたんだから凄い兵器だったんだろうけど、その一発で周囲にいた技術者もろとも消滅しちゃったのよ。
 馬鹿らしい話だけど、その自滅のおかげで向こう側でもお手上げ状態みたい」
「つまり、私は帰れない前提で、これからの事を考えなきゃならないって事ね」
「うん、実を言うと今日街の見物をしてたのは、マドカに何か出来る事があるかなどうかって事で見てもらってたの。
 ……たぶん、どれも経験ないよね」
「私に出来るのはこれだけ、これしかやってこなかったから」

 立てかけてあった棍を引き寄せて言った。

「疑問だったんだけど、それは武器? 刃がついてないし。打撃ならメイスやフレイルの方が威力があるよね?」
「棍単体ではなくて、棍を使った武術かな? もっとも、実用する機会なんてないに等しかったけど」
「んー、アースでも戦争は終ってるし需要はないかなぁ。まぁ、司教様に直々に拾われた身だし、しばらくは宿舎にいてもらっても問題はないと思うけど」
「そう言えば、私はかなり遠くの森で拾われたんだよね。どうしてエスタークさんはそこにいたの?」
「ヴィジョンに導かれたって」
「それ、何かの法術?」
「まぁ法術の一種と言っていいと思うけどちょっと特殊かな。普通の法術は意識して発動させるものだけど、ヴィジョンは受動的なの。
 いつどんな内容か分からないけど、神の啓示が突然降りて来る……らしい。
 私はまだヴィジョンを受けた事がないからどんなものかわからないけど」
「エスタークさんって偉いの?」

 リーリスは目を丸くした。そして、何か失敗したかのような表情をする。

「え、なに?」
「あー、そう言えば。教会の階級とかの説明、してなかったね。というか、司祭長もうかつだよー。
 簡単に説明すると上から順に大司教、司教、司祭長、司祭、助祭の順。
 まぁ、教会内の序列だから外では階級問わず司祭って呼ばれる事が多いし、教会内でも司祭と助祭ひとくくりに呼ぶ時は司祭って言ってるね」
「って事は上から2番目?」
「ところが、うちの教会には大司教がいないの。つまり教会のトップ。2番目はアネット司祭長ね」
「……私、何か無礼な事しなかったかな?」

 道場では道場主たる師範にあたる。そんな人を気軽にさん付けで呼んでいたとは……。

「あー、その点は大丈夫。結構気さくな人だし」
「優しそうだったけど、気さくって割には無口だったような……」

 というか、そういえばあの人の声を聞いた事がない。
 リーリスが何か気まずそうな顔をしている。

「何か、まずい事聞いちゃった」
「いや、まぁいいか。いずれ分かるだろうし。司教様は無口なんじゃなくて喋れないの」
「え?!」
「先の大戦で喉を切られたらしくて。奇跡的に命は助かったけど声を失っちゃったの」

 確かにちょっと気まずい話だ。
 マドカは場を紛らわすために最後に残った肉を口に運んだ。そして、そこでフリーズする。
 ……先の大戦?
 そのまま喋ろうとして口の中の肉を噴出しかけて、あわてて飲み下す。
 そんなマドカの様子を見てリーリスは頷く。

「分かってる、分かってる。先の大戦って50年前だろうって? その通りよ」
「だって、エス――司教様ってどうみても20代後半でしょ」
「これもタレントの一種だけど、司祭は代償と引き換えに奇跡を起せるの。もっとも、意識的にやろうとしても9割以上が失敗するでしょうけど」
「代償ってもしかして」
「そ、声。司教様の場合は望んだ訳ではないけど、声を失った代償として老いぬ身体となったの。
 当時は大司教様が殺されて大混乱の状態だったから、もし司教様が司祭や信徒達を率いてくれなければ今のエスファがあったかどうか」

 ようやく分かった気がする。エスタークの纏う穏やかな空気。人を安心させる笑顔。
 50年以上の歳月を生きて来たからこそなのだ。

「……まさかと思うけど。リーリスもそうだとか言わないよね?」
「それこそまさかよ、あいにくエスファ生まれのエスファ育ちよ」
「生まれも育ちもエスファ……、じゃぁどうしてリーリスは司祭になったの?」
「え?」
「生まれも育ちもって事は実家がエスファになるって事でしょ。それなのになぜ司祭に? 結婚も出来ないって」
「あー、そうきたか」

 リーリスは額を押さえて呻いたが、

「己が感情に従え」

 今までの軽い調子ではなく、何か重々しくその言葉は聞こえた。

「生まれる感情を受け入れ、与えられた感情を受け止めよ。己が感情が示すは己が進むべき道。故、己が感情に従え。
 アルミス教の信者が最初に教えられる教義。そして、アルミス様の司祭が身に刻むべき教え」

 食べ終わった皿を一箇所にまとめ、空いたスペースにリーリスは両手を組んで置いた。

「私は孤独が怖かった。孤独から逃れる為に選別の儀式を経て司祭になったの」






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