ダークプリーストLV1 第一章−第07話






 それはとても信じられない言葉だった。
 街の人達から親しまれているリーリス。彼女から孤独という言葉を聞く事になるとは。

「あたしは元々は農家の生まれ。エスファの外れに田園があるでしょ。あの一角で私達親子も畑を耕していた。
 ちなみにミガさんも元は農家よ。旦那さんもまだ生きていて畑が近くだったから、よく可愛がってもらっていたわ」
「じゃ、どうして?」

 聞いていい事ではなかったかも知れない。
 だが、ここまで聞いてしまっては続きを聞くしかなかった。

「光の軍が攻めてきたの」
「戦争は終ったんじゃ」
「戦争は確かに終った。変わって正義の名の元に行われる、敗者に対する略奪と殺戮になった」
「……」
「攻めてきたからといってもう逃げる場所なんてない。だから戦うしかなかった。私は藁の中に隠れて怯えていただけだったけど。
 幸い、相手の数は少数で街の自警団と教会からの援軍がすぐに駆けつけた。けど、両親とミガさんの夫は助からなかった。
 そして、私は一人になった」

 その時に思いをはせるようにリーリスは肩を震わせた。

「怖かった。
 両親が死んだ悲しみよりも、両親を殺した光の軍への憎しみよりも、それまでいて当たり前の存在を失って一人孤独になったのが怖かった。
 ミガさんが一緒に店をやろうって誘ってくれたけど、夫を亡くしたばかりのミガさんにとても縋り付けなかった。
 アルミス様の教えは感情を受け入れる事。司祭になればこの恐怖から救われるかもしれない。そう思って選別の儀式を受けて司祭になった。
 今となっては、その考えは間違っていたとは思うけどね」
「……どうして間違っていたって?」

 リーリスは組んでいた両手を開いた。
 それまでの重苦しい空気が嘘のようにリーリスは微笑んでいた。

「だーって。司祭になったからって何かが変わるはずないもの。あたしがあたしである事に変わりはない。
 あたしはただ恐怖を受け入れるだけで良かった。怖いと泣き叫べば良かった。
 だって、ただの無力な子供だもの。他に何が出来たっていうの。
 あたしはただ賢しかっただけ。ううん、そんなフリしていただけ」

 彼女は胸のペンダントを握り締めた。

「だけど、司祭になった事は後悔していない。だって、己が感情の赴くままに人を癒し、励まし、祝福し、人の悲しみ、憎しみ、怒りを受け止められるようになった」

 そして、彼女はもう一度、アルミスの教えを繰り返した。

「生まれる感情を受け入れ、与えられた感情を受け止めよ。己が感情が示すは己が進むべき道。故、己が感情に従え」

 マドカもそれに応えるように呟いた。

「感情を抑えよ。心を平らに。揺らぎ傾ぐは未熟の証」
「それは?」
「ウチの、棒術での教え。真逆ね。そして、私は一人だった。孤独だった。父も兄もいたのに。
 変な話でしょ。棒術に打ち込むあまり自分から孤独になっていった」
「ううん、全然変じゃない」

 リーリスは首を横に振った。

「正直、その教えはアポミアの教えにそっくりで気にいらないけど。でも、それでもあっち側で人の上に立つ人、人の輪の中にいる人はいるわ。
 ……たぶん、マドカはどこかで道を見失ってしまったんだね」
「そうかも知れない。こんな事、人に初めて話した。
 向こうの世界で友達すらいなかった。ううん、作らなかったから。少し、気持ちが軽くなった気がする」
「ふふん。アルミス様曰く、与えられた感情を受け止めよ。これでも司祭様よ」
「そうね、ふふ」

 二人の暖かな雰囲気は、しかし突然の衝突音と怒鳴り声に打ち破られた。

「なにしてくれやがんだ、このガキィ」
「す、すいません」

 どうやら、料理を運んでいたゴブリンの子供達の一人が転び、料理が客の服にかかったらしい。
 その客は延々とあやまる子供をどやしつけている。その仲間と思われる同席の二人組みは楽しそうにその様子を眺めている。
 何かおかしい。マドカはそう感じた。
 子供をどやしつけている客からは怒りの感情をまるで感じない。
 他の客の囁きが耳元に伝わってくる。

「おい、あれってわざとだよな?」
「ああ、足ひっかけてたな」
「子供相手に酷い真似を」
「子供だからだろ」

 そういう事か。
 思わず棍を手にするが、そこで身体が止まった。
 まだ冷静な自分の心が告げる。
 いいのか? ここであの男達を追い返しても。報復にさらに非道な真似をされたら責任をとれるのか?
 男達は帯剣している。あの剣を抜いて子供や他の客に切りつけられたらどうなる?
 葛藤をするマドカは、目を見開いた。
 他のゴブリンの兄弟達が、ひたすら謝っていた子供の前に立ち両手を広げている。

「おいおい、何のつもりだ。被害者はこっちだぞ」

 あんな子供達ですら庇う勇気があるのにっ!
 マドカは己の不甲斐なさに歯噛みした。
 それでも身に染み付いた教えは鎖のようにマドカを縛る。
 だが、椅子をずらす音と共に目の前の彼女が立ち上がった。

「表に出なさい。そこのブサイク」
「は? 俺のことか? そこの赤毛」
「他にいないでしょ。子供をいじめるしか能がないの? だったら、その根性叩き直してあげるわ」

 リーリスの挑発に、楽しそうに笑っていた仲間の二人も立ち上がる。

「見たところ司祭のようだな。そっちの女も一緒か?」

 言われてクスクスとリーリスは笑う。

「まさかっ! あなた達ごとき、あたし一人で十分よ」
「言うねぇ」
「そこまで言ったからには、相応の覚悟は出来てるんだろうな」

 男達が席を離れ、リーリスに近づいて来る。

「マドカ、少し待っててね」

 そう言って店の外に出ていった。

「待てよ、クソ女」

 その背を追って男達が店を出て行く。

「っ!」

 ようやく身体が動いた。
 リーリスを追って店を出る。
 ただ、残った客の言葉が気にかかった。

「ありゃ、余所もんだよな」
「大方、光の側で罪でも犯して逃げてきた流れ者だろ」
「だろうな、エスファで竜巻のリーリスを知らないなんてモグリだもんな」

 竜巻のリーリス?
 その意味は店を出た瞬間に分かった。






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