ダークプリーストLV1 第二章−第02話






 助祭の仕事というのはズバリ言えば教会内の雑用全般である。
 その合間に神学と法術の授業がある。
 授業までに仕事を終えられたら休憩時間となるのだが、なかなかそうはいかない事の方が多い。
 雑用の中でも掃除はかなりのウェイトを占めるのだが、教会に男子女子各修道棟、そしてそれらを納めている敷地を含めるとかなりの範囲となり、おまけに手を抜くとしっかりとバレる為、夕刻になる頃には助祭達の多くは汗だくになっている。
 マドカはといえば、当初こそ教会敷地内で迷子になるなど、論外な失敗を立て続けに起し助祭達の笑いをとるハメになったが、慣れると掃除、洗濯、炊事などソツなくこなしていった。
 元いた世界では棒術道場師範の娘であっても優遇される事なく、他の門下生と同様に掃除洗濯など行っていたので慣れたものである。
 そして、他の助祭達と決定的に違うものがあるとすれば体力だろう。
 勿論、毎日労働をこなしている助祭達もそれなりに体力があるのだろうが、ひたすら棒術の鍛錬に励んでいたマドカとは根本から違う。
 結果として、他の助祭の何倍もの働きをしながらそれをまるで苦にしない彼女は、新入りでありながら、頭一つ飛びぬけた存在として教会内で認知されるのも時間の問題だった。




 本来、助祭に対する神学の授業は教義室にて行われるのだが、マドカだけは特別に個室にてアネット、またはリーリスとマンツーマンで教えを受ける事になっていた。
 というのも、マドカは本来の手順をすっとばして選別の儀式を受けてしまったからである。
 通常、まず入信した後にある程度のアルミスの教えや基礎知識等を備えて助祭となるのだが。マドカの場合、特に他の職業に就ける職能があった訳でなく、本人の強い希望と、何よりも司教であるエスタークがあっさりと承認してしまった為、スピード選別となってしまった訳である。
 それ故に雑用とは違いアルミスの教えに対しては初歩の初歩、常識レベルからのスタートとなった。
 ちなみにエスタークにより知識を分け与えられている為、アースの言葉は勿論、文化もある程度理解出来るマドカだが、神学の知識に関してはまったくの空白だった。
 これは、あらかじめマドカが選別を望むの予期して、わざとその知識を与えなかったのではないかと彼女は思っている。
 リーリスは、予め神学の知識も分けておいてくれたらよかったのに、と愚痴をこぼしていたが、アネットはそれは本人の為にならないと嗜めた。
 マドカもアネットの言葉に同感だった。
 己が感情に従え、リーリスから聞かされたアルミスの言葉に感化され、司祭への道を選んだのだ。もし、知識としてその言葉を知っていても、同じ道を選べたか自信がない。
 そして、アルミスの教えでこの道を選んだマドカにとっては神学の授業は、一日で一番充実している時間だった。
 暗黒神という呼び名は一見、悪を連想させ、実際光の側では悪神とされているが、アルミスが司るのは夜と安息、そして死だ。
 死というとマイナスのイメージが付きまとうが、アネットが食物連鎖に近い概念を例に挙げて、我々は多くの尊い死によって生かされている。死とはその他の生の為に存在している。
 そう聞かされた時は目から鱗が落ちるようだった。
 元の世界の観念、概念。それが突き崩されるのが楽しくて仕方がなかった。
 そして、楽しんで受ける授業の効率が悪いはずもなく、驚異的なスピードで知識を吸収していった。





 助祭の雑用、神学の授業とどちらも優等生となりつつあるマドカであったが、逆に苦手な分野もあった。
 礼拝堂にて男女助祭合同で行われる法術の授業である。
 なぜ、マドカが苦手としているのか。
 答えは簡単である。
 純粋に興味がなかったからだ。
 実際にリーリスの法術をこの目で見て凄いとは思った。
 無頼者を吹き飛ばしたフォースエクスプロージョン。
 ゴブリンの子供の傷を癒したリカバリーインジャリー。
 だが、実際に自分で使ってみたいかと言うとピンとこない。
 あくまでマドカが感化され、あこがれたのはアルミスの教えであり、法術という力ではない。
 法術はヒューマンのタレントであるが、まれにヒューマン以外の種族が選別を受ける事例もあったという。司祭になるには法術の習得が必須である為、生涯助祭として生きていく事になるが、マドカは自分もそれでかまわないとすら思っていた。
 求道者。今のマドカを例えるならそれだろう。
 棒術という力を修めた故の孤独感。それを味わったトラウマもあっただろうが、彼女自身がアルミスの教えで解けたと思っていた鎖は、今も手足に絡みついていた。本人すら気付かないまま。

「マドカ、前へ」
「はい」

 アネットの呼び声に前へ進み出る。
 やる事は分かっている。
 両手を組み、アルミスに言葉を捧げる。
 その捧げた言葉の重みにアルミスが渡す対価。
 それが法術。

「偉大なるアルミス。我が前に月の光の雫を分け与えたまえ」

 心から祈りの言葉を捧げた。
 しかし明かりの法術は発動しなかった。
 これは初歩の法術。
 この教会内においては助祭ですら、使えないのはマドカ以外いない。

「仕方ありませんね、下がって」
「はい」

 ため息混じりのアネットに、見抜かれているとマドカは悟っていた。
 祈りそのものは真剣であっても、望まなければ法術が発動するはずがない。






© 2013 覚書(赤砂多菜) All right reserved