ダークプリーストLV1 第二章−第05話
「棒術を教える……ですか?」
マドカは恐る々々問い返す。
司教室に呼び出されて何事かと思って来てみれば、途方にくれている様子のアネットといつも通りの笑顔のエスタークがいる。
「あなたの演舞に感化された司祭達がいてね。
それが一人や二人じゃないのよ。それだけあなたの演舞がすばらしいものだったという証明なのだけども」
「でも、通常の努めに支障が出るんじゃないですか?」
「それはこちらで調整してみるわ。
で、これはアルミスの教えとは直接関係ない話だからあなたの意思を確認したいのよ」
「で、でも、私は人に教えた事はありません」
「でも、未熟ではない。そうでしょ?」
それはその通りだ。傲慢でもなんでもない。半生を棒術と共に生き、才能にも恵まれていたとも思う。そうでもなければ倍も歳の離れた師範代を相手にワザと負けるハメになんて事にならなかった。
「無理にとは勿論言いませんが。あなたと棒術の関係は複雑なものがあるようですし。
ただ、教える事によって得るものもあると私は思っていますし、あなたならば良い指導が出来るものと思っています」
マドカは目を閉じて己に問うた。
無意識に口にしていた。
「生まれる感情を受け入れ、与えられた感情を受け止めよ。己が感情が示すは己が進むべき道。故、己が感情に従え」
目を開けるとエスタークが満足そうに頷いていた。
「分かりました、お引き受けします。
ただ、棒術である以上、棍が必須になりますし、まず身体作りからの鍛錬になりますので、大幅に努めに支障が出ると思われますが」
「必要なものは勿論そろえます。身体作りというとかなりハードに?」
「そうですね。恐らく、しばらくは筋肉痛に悩まされる事になると思います」
「司祭には治癒法術は効きませんし、しばらく正司祭に助祭の手伝いにまわってもらいましょうか。
外回りの司祭に負担はかかるとは思いますが。一時的なものでしょう?」
「そうですね。最初の一ヶ月くらいを見ていただければ」
「まぁ、その位であればいいでしょう。
棍については外出の許可を出しますのでリーリスに案内してもらって、作ってもらえそうな店を探して下さい」
「わかりました」
失礼します、とマドカは司教室を出て行った。
「もしかして、ここまで予想してました?」
アネットの言葉にエスタークはいつもの笑顔を返すだけだった。
「うーん。武器っていったらやっぱりここだよね……」
二人が訪ねたのはヴァンパイヤが営む鍛冶屋だ。
工房に入ると熱気と共に鉄を打つ音が聞こえて来る。
青い肌に筋骨隆々の背中が、話しかけるなオーラを漂わせている。
さすがのリーリスも話しかけるのを躊躇していると、
「用があるならさっさと言え。気が散る」
それまで打っていた鉄を水につける。一気に水が沸騰する音がした後静かになる。
「あの、親方。作ってほしい武器があるんですが……」
「ああっ? 武器だぁ?」
「そ、そうです」
リーリスが引き気味だ。ある意味、凄い人かもしれないとマドカは思った。
ようやく、ヴァンパイヤは振り向いた。
全身の筋肉からは想像していなかったが思ったよりも顔は若かった。
エスタークから得た知識では、ヴァンパイヤを含めほとんどの種族がヒューマンと寿命は大差がないはずだから、エスタークのような例外と違って見た目どおりの若さのはずである。
「武器ってのはそいつか」
「あ、そうです」
ヴァンパイヤが目線で棍を示し、マドカは反射的に肯定した。
「え、一目で分かったんですか?」
「お前、俺をなんだと思ってる? あ?」
「い、いえ。すみません、親方!」
リーリス。ビビリまくりである。
親方と呼ばれ、ヴァンパイヤはため息をついた。
「まったく、まだそんな歳じゃねぇってのにどいつもこいつも……。
それはともかく、ウチじゃ無理だ」
「えー、どうして」
「お前、俺がいままで何をしていたか見てなかったのか?」
「いえ」
「まぁ、たしかに鍛冶屋って看板だしてりゃ、武具や農具全般の面倒みてると思っちまうのかもしれんが……。
俺が出来るのは鉄を鍛え、加工するだけだ。先代からそれしか教わってねぇしな」
「でも、あれは?」
マドカが指差したのは工房の隅に並べてあったクワだった。柄の部分は木製だ。
「ああ、あれは外注って奴さ。まぁ、金属部の修理の物も混じってるが」
リーリスはポンと手を打った。
「あ、そっか。始めから木材屋に行けばよかったんだ」
そして、リーリスは一刻も早くこの場を去ろうとマドカの背を押す。
「し、失礼しましたー」
「待ちな」
「ま、まだ、何か?」
親方は上から下まで棍を見、そしてそれを持つマドカを見た。
「……行くならカミスのとこにしとけ」
「カミスさんって雑貨屋の?」
「ああ」
「確かに、変な彫刻とか置いてるけど、ちゃんとした木材屋のほうが」
「こと木材の知識と加工に関しちゃ、エスファで奴の右に出る奴はいねぇよ」
「えー、でも。へたくそな彫刻と家具ばっかり置いてるんじゃ」
「あれはあいつのセンスが残念なだけだ。
腕が悪くて変なものが出来たんじゃなくて、あれで寸分違わない完成品なんだ。その証拠に家具は見てくれはともかく機能はしっかりしてる」
「正直……、ちょっと信じがたい」
「まぁ、あいつも頑固だからな。普通のデザインにしろと俺からも度々言っているんだが、聞きゃしねぇ。
曰く、凡人には芸術は理解出来ないとさ。だが、ウチの木製部品は全部あいつに注文してるが、精度は相当なもんだ」
そして、顎でマドカを示す。
「見たところ、そっちの穣ちゃん。
その武器をどう使うかは知らんがかなりの使い手だろ? そんなのにいい加減な職人を紹介できないからな」
「ありがとうございます」
「ちっ、また喋り過ぎちまったか。
これだからヴァンパイヤはお喋りがタレントなんて言われるんだ」
どうやら、親方は無口なのではなくて、無口を装っていただけらしい。
「用事は済んだろ。さっさと行きな」
「は、はい」
リーリスに引っ張られるように鍛冶屋を後にした。
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