ダークプリーストLV1 第二章−第07話
カミスの店を出たところでリーリスと別れた。
彼女は外での努めに。
マドカは教会での努めに戻るために。
教会に戻るといっせいに司祭達に囲まれた。
棒術希望者だ。
「ねぇ。どう? 司祭長から了承でた?」
どうやら、アネットはまだマドカにしか伝えていなかったらしい。
いいのかなと思いつつ、いずれ伝わる事だからと、
「とりあえず、棍がないと始まらないから今注文してきたところ。
サンプルが数日中に届くから、それに問題がなかったら人数分作ってもらうことになるわ」
「よっしゃー、俺達の連名の嘆願書が効いたか?」
「あんなのが司祭長や司教に通じると本気で思ってたの」
「って、お前もサインしてたろうが」
「それに、司祭長はともかく、司教様は面白がって承認ってのはありそう」
「……確かに」
マドカを除いたその場の全員が頷く。
司教様の威厳って……。
「ともかく、マドカ。OKなのね」
「うん、だけど言っておくけど当面は単調な練習の繰り返しだよ。
元の世界でもそれに耐えられなくて辞める人が少なくなかったし」
「何言っているの、そんなの私達の務めがそうじゃない」
言われてみればその通りだ。
あえて言うなら法術の修行だけは特殊だと思うが、それは異界のマレビトであるマドカの感覚であって、アースではなんら普通の事なのだろう。
「司祭長に報告したいんだけど、どこにいるか分かる?」
「礼拝堂で掃除のチェックしてたよ」
「やり直しは勘弁してほしいなぁ。ああ、アルミス様。ご加護を」
冗談っぽく祈りを捧げている司祭達に礼をいって礼拝堂に向かった。
「あらマドカ。おかえりなさい」
「ただいま戻りました。司祭長」
礼拝堂にいたアネットにマドカは一礼する。続けてアルミスの像にも一礼を捧げる。
「そうしてるとすっかり教会の一員ね。あなたがアースに来た頃が懐かしいわ」
「その節はご面倒をおかけしました」
「気にする必要はないわ。それにあなたはアースの戦争の被害者なんだから」
言われるとつい昨日のようにも、遠い過去のようにも思えてくる。
感傷を振り払いつつ、本来の用件に入る。
「棍の件ですが、数日中にサンプルが届くのでそれを確認してから希望者人数分を発注という形になります」
「サンプル? 何か確かめる必要があるの?」
「この棍に使われている木がアースになかったようで。近い材質のもので試して下さるそうです」
「あー、そうだったわね。あなたの半身も異界のマレビトだったわね。大丈夫そうなの?」
「はい、幸い木材に詳しいお店だったのでこれに近いものを作って頂けるものと確信しています」
「あら、あなたにそこまで言わせるなんて。よほど信頼できるところに注文したのね」
芸術センスを除けば。心の中でアネットの言葉にこっそりとつけたす。
そのアネットは長いすの下を覗き込む。
「偉大なるアルミス。我が前に月の光の雫を分け与えたまえ」
生まれた青白い光が椅子の影になって見えなくなっている部分を照らす。
アネットはマドカの視線に気付き
「細かい? でも見えない、見えにくいからと手を抜いていては修行にならないわ」
「いえ、そうではなくて」
「?」
マドカは棍を肘の内側に挟み、両手を組んだ。
「偉大なるアルミス。我が前に月の光の雫を分け与えたまえ」
アネットのようにはいかなかった。
アネットは諭すように言った。
「今のあなたには無理よ。それはあなた自身が良く分かっているんではなくて?」
「はい。でも、いつまでもこのままでいていいのか……」
「そうね。あまり褒められた事ではないけど、あなた自身は司祭という階級を望んで選別の儀式を受けた訳じゃないものね」
そして、おもむろに
「汝、常に前を見よ。先を見ようとせぬ者に望む未来は蜃気楼よりも遠い」
「司祭長、それは?」
「ジャミス様の教えの一つ。太陽神アポミア様の従属神よ」
「し、司祭長?!」
「アルミス様の教会で、光の神の言葉を口にするなんて不謹慎だとは思うけど。
マドカ、あなたの場合、前を見ていない訳ではない。ただ、あなたの見ている先に法術や正司祭の地位がないだけ。
だから、私はあなたに法術を使うようには強要はしないわ。過去に法術を習得せず偉業を成し遂げ、名誉司祭として名を連ねている方々もいるしね」
ただ、とアネットは続ける。
「これだけは忘れないで。あなたを含め、助祭、司祭達は可能性なのだと」
「可能性……ですか?」
「そう。あなたは棒術とアルミスの教えを見事に融合させた。
そして、それに感化された司祭達があなたから棒術を学ぼうとしている。
それが必要とされる事なのかは今はまだ判断出来ないけど、まず始める事が重要。始まりがなければその未来がない。
そして、人は過去には戻れない。一度未来に到達した者は過去をやり直す事が出来ない。
例えその未来においてどれほど重要な事であっても」
「それが法術ですか?」
「いえ、さっきも言ったけど可能性の話。あなたのアルミス様への信仰の強さは教義を教えたのが私自身だからよく分かっているわ。だからこそ、考えて欲しいの。法術の有無があなたの信ずる道を左右する事もありえるという事を」
「そんな可能性なんて……」
「あなたは他種族の助祭という訳でも、恐らく才能がない訳でもない。ただ、想いが法術にも司祭の地位にも向いていないだけ。それ自体は否定しないわ。でも、自分は法術を使わないのだと自身を縛らないようにね」
思わずマドカの肩が震えた。
かつて、棒術に。棒術の教えに縛られていた自分。
同じ過ちを繰り返している?
アネットはそんなマドカの肩に手を置いた。
「あなたの悪い癖ね。自分をすぐ追い詰める。
良い悪いの話をしたかった訳じゃないわ。アルミス様の教えは常にあなたと共にある。それを忘れないで」
そして、アネットはアルミス像に向かって手を組んだ。
マドカもそれに習った。
「生まれる感情を受け入れ、与えられた感情を受け止めよ。己が感情が示すは己が進むべき道。故、己が感情に従え」
二人の祈りが礼拝堂に染み渡った。
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