ダークプリーストLV1 第二章−第11話






 目が覚めてすぐ乾いた音が部屋に響いた。
 リーリスが拳で殴ったのだ。涙をこらえながら。

「あんた、何考えんのよ。チェンジインジャリーなんて使って。
 司祭には治癒法術が効かないのよ。致命傷だったら例え命があっても手の施しようがないのよ」

 いつのまにか、リーリスは周りが止めるのもかまわずマドカの襟首を掴んでいた。

「たまたまよ。たまたまジップさんとこの娘さんが小さかったから、相対的に小さな傷ですんだだけよ。
 もうちょっと育っていたなら、あんた助からなかったんだよ」

 チェンジインジャリー、それは負傷を己が身に移す法術。負傷を治癒する訳ではないので対象者の体力消耗は起きないが、治癒法術が効かない司祭にとって極めて危険な法術である為、教会では使用を制限されている。

「街は……どうなってるの?」
「とっくに復旧にがんばってるよ。あんたが丸二日寝込んでいる間にね」

 リーリスの目に隈が出来ていた。
 ……おそらく、いままで寝ていなかったのだろう。

「ごめんなさい」
「分かればいいのよ」

 リーリスは手を離した。
 そして、隣のベッドで横になった。

「疲れたから、寝る。起さないでよね」

 他の司祭達が呆れ顔の中、マドカだけが笑って言った。

「おやすみなさい」





 二週間もすれば街も落ち着いてきた。
 アルミス教会司祭達の必死の活動もむなしく、数名の死者を出す事になってしまった。
 だが、街の住人達は数名で済んだだけでも奇跡だと口をそろえて言う。
 今は教会の活動も普段どおりのものに戻っている。
 街の復旧は街の住人の仕事であり、教会の管轄外だからだ。
 これは教会が冷たいとかそういう問題ではなく、役割分担が出来ているのだろう。





「マドカ、前へ」
「はい」

 アネットの呼び声に前へ進み出る。
 やる事は分かっている。
 両手を組み、アルミスに言葉を捧げる。
 その捧げた言葉の重みにアルミスが渡す対価。
 それが法術。

「偉大なるアルミス。我が前に月の光の雫を分け与えたまえ」

 一つ、二つ、三つ。それはいくつもの光が尾を引いて、礼拝堂内に蛍のように宙を舞う。

「お見事。と言いたいところだけど、ちょっとやりすぎね」
「すいません」

 意識してやった訳ではないがマドカは素直に頭を下げた。
 結果としてチェンジインジャリーを使った事により、自らの殻を破ったマドカは、法術もこれまでの遅れをとりもどし、かつあまりある上達を見せていた。
 ただ、初めて使った法術がかなり高位の法術であった為、どの法術も過剰な効力になってしまうクセがついてしまっていたが。





「マドカ、お客様よ」
「あ、はい」

 掃除をしていたマドカにアネットから声がかかった。
 今度は誰だろう?
 地震の被害が落ち着いて街の復旧が進むと、今度は教会へのお礼に来る人が多くなった。
 多くは、怪我の治療や崩れかけた建物から救い出された人達だ。
 特に怪我の治療を受けた人達は、あまり街に出る事のない助祭にお礼を言う為に、直接訪ねて来るのだ。
 マドカの場合は治癒法術が地震の時点では仕えなかったのだが、棍を持つ姿が印象的だったのか、助かった、勇気付けられたとお礼に訪れる者が他の助祭よりも多かった。
 しかし、礼拝堂玄関前まできて、足が凍りついた。

「ジ、ジップさん」
「こんにちは、マドカ司祭」

 それまでエスタークに頭を下げていた仕立屋の夫妻はマドカに気付いた。夫妻の足元には娘もいた。

「お礼が遅くなり申し訳ない。店の復旧と納期に間に合わないクライアントにお詫びに回っていたもので。
 ……まぁ、お詫びする先も地震でそれどころではないところがほとんどでしたが」
「本当に、私達の命よりも大切な宝と言ってもいいものを守っていただいたのに後々になってしまって」

 夫のジップと妻のゲリアは深々と頭を下げた。
 マドカは慌てた。
 違う、違うのだ。頭を下げるべきはむしろ

「やめてください。本当なら、私は治癒法術を使える司祭を急いで探すべきだったんです。
 むしろ、娘さんをさらに危険に追い込んだと言ってもいいくらいです」

 しかし夫妻は首を横に振った。

「事情はアネット司祭から聞いております。
 あなたが法術を使えなかった事。そして、娘を救った法術も意識的に使ったものではなかった事も」
「でも、あなたが娘の為にアルミスに語りかけた言葉。それを今でも忘れられません。そして奇跡を起して下さった。
 我が身をかえりみないあなたの言葉がアルミスに届いた、私もこの人もそう思っています」
「その通りです。改めてお礼を言います。マドカ司祭、ありがとうござました」

 夫妻にならって、娘も頭を下げた。

「マドカ、ありがとう」

 胸が熱くなった。
 与えられた感情を受け止めよ。アルミスの教え。
 アルミス様、受け止められず私から溢れそうです。
 もしあの時、法術を求めなければ、夫妻からの想いを受け止める事もなかっただろう。

「私からもお礼を言わせて下さい。
 もし、あのことがなかったら、私は狭い視野のまま一生を終えていたかもしれません。
 機会を与えて下さったあなた方に感謝します」

 マドカは頭を下げた。

「それこそアミルスのお導きでしょう。そうだ、おい、お前。アレを」
「あ、そうでしたね」

 夫の言葉にゲリアは厚みが薄い紙の箱をマドカに差し出した。

「これは?」
「受け取って頂きたい。ワシらにはこんな事しか出来ませんが」

 マドカは箱を開けた。黒い布地。
 服?
 そして、それが何かに気付いて慌てた。

「も、申し訳ありませんが、これは受け取れません。
 ご存知の通り私はまだ助祭の身です。司祭の正装を許された身ではありません」
「いえ、受け取りなさい。マドカ」

 それまで見守っていたアネットが言った。

「司祭長。でも……」
「それは夫妻の感謝の形。それを受け取る事を許さないほど、あなたの知るアルミス様は了見の狭いお方なのですか」
「それは」

 そう言われてしまえば、受け取るしかない。
 箱を閉じて受け取り、改めて夫妻に礼を言うマドカ。
 でも、これを着るのは当分先だろうな。
 などと思っていると、エスタークがくいっくいっと顎で女子修道棟を示す。
 ……え?
 アネットの翻訳がなくとも、意味は通じた。
 着替えてこいと言っているのだ。
 いいも悪いも、教会ナンバー1からの指示だ。逆らえる訳がない。
 仕方なく、マドカは女子修道棟に急いだ。






© 2013 覚書(赤砂多菜) All right reserved