ダークプリーストLV1 第二章−第10話
地震が収まった後、司祭達は中庭に集まっていた。
「誰か、被害状況の報告なさい!」
アネットの声にそれぞれの代表格が反応する。
「女子修道棟、怪我人数名。内一名は足を痛めて動けません」
「務めに出ていた女性助祭は怪我人はいるも軽微です」
「男性助祭、同様です」
「男子修道棟、重傷者3名ただし命に問題なし。他にも怪我人はいますが皆動けます」
アネットはため息をついた。
「死者がいなくて何よりだわ。街に出ている司祭の安否も気になるけど……、今は街の住人第一に考えないと」
周囲の司祭達が頷く。
アネットが声高に宣言した。
「すでに皆、鐘の音は聞いたでしょうけど。
非常事態です。怪我のないもの、軽微なものは至急住民の救助治療行為に当たりなさい。
治癒法術の使えないものは残って教会側の怪我人の治療行為と安全確保をっ!」
アネットの声に司祭達は一斉に動き出した。
「動けない人、建物に閉じ込められている人はいませんかっ! 声が出せないなら何か叩くかして音をだして下さい!」
マドカは声を出しながらエスファ中を走り回った。
視界の端に黒い司祭服が見え始める。
街で務めに出ていた司祭が状況を把握して動いているのか、それとも教会からの応援か。どちらにしてもこの様子なら怪我人の治療も間に合いそうだ。
普段、街に出ないマドカは地理に詳しい訳ではない。
誰かと合流するか、一度教会に戻るべきか。
そう考えていた時、声が聞こえた。
「司祭さんっ、助けてください」
声に反応して振り向く。
声は店の建物の中から聞こえた。
店には見覚えがあった。
オーガ夫妻が営む仕立屋だ。
中に入り絶句した。
オーガ夫妻は無事だった。
だが、娘がぐったりとしている。
何が起こったかはすぐわかった。
すぐ横に太い木の柱。
天井の梁が折れて落ちてきたのだ。
「お願いです。娘を助けてください」
「落ち着いて下さい。すみませんが私は法術が使えないんです」
「そ、そんな」
「今、教会の司祭が外で活動しています。ここも倒壊する危険があります。娘さんは私が運びますので早く外へ」
言うが早いかマドカは娘を抱き上げる。
背筋がぞっとした。口元に大量の血の跡があった。
喀血の跡だ。まさか内臓破裂してる?
こみ上げる不安をさとられないようにしながら外に出る。
「娘さんが怪我をしたのは地震直後ですか?!」
「え、ええ」
「ああ、ようやくおさまったとおもったら。こんな事に」
夫の肩が震えていた。妻がその背にすがりつく。
マドカは唇を噛んだ。状態が悪い。
医学、医療の知識はないが、棒術道場に怪我はつきものだ。
だが、状態の良し悪しは分かっても、この世界に救急車はない。
どうすればいい?
街を司祭が走り回っているはずだから、捕まえるか?
今、どこにいるかわからないのに? それも混乱状態の街の中で?
それに治癒法術が傷の治癒と引き換えに体力を消耗するというのなら、間違いなく娘は耐えられない。
つまり最低二人の司祭がいる。
考えている間にも刻々と時間は過ぎていく。
肌に感じる夫妻の祈り。言葉にしなくても分かってしまう。例え自分達の命と引き換えにしても娘の命をと。
マドカは己の愚かさを後悔していた。
せめて自分が治癒法術を使えてさえいれば。まだあと一人の司祭を捕まえるだけですむ。
自ら法術への道を閉ざしていなければ。
アルミスの教え、与えられた感情を受け止めよ。
しかし、マドカは夫妻の悲痛な感情を受け止める事は出来なかった。
なぜならマドカにはその感情に応える術がないのだから。
自分はアルミスの教えを理解していたつもりでいた。
奢っていた。自分さえアルミスの教えに没頭していればいい。
そんな勘違いの罰がこの現実?
「あんまりです、アルミス様」
「……司祭さん?」
それは祈りではなかった。
神へささげる言葉ではなかった。
ただ、神へ語りかけているだけだった。
「私が法術を使えないのは私の愚かさ故です。ですが私の愚かさによって、この子の命が死に瀕しているならば」
マドカは涙を流していた。
「せめて、この子の傷を私の身に。この子の不幸を私の身に。この子の死を私の身に。
その全てを受け入れます。だから、どうかこの子をお救い下さい」
そして異変が起きた。
身体が熱い、胸が焼けるようだ。
自分の変化に戸惑いながら、もう一つの変化に気付き驚いた。
娘の顔色がどんどんよくなっていっているのだ。
反対にマドカの呼吸がどんどん荒くなっていく。
娘は目を開いた。
「おとーさん? おかーさん?」
「あ、あああああ」
妻は娘を抱いて泣き出した。
夫も涙を流しながらマドカに向き直った。
「感謝します。司祭さん。……司祭……さん?」
視点が定まらない。だが、娘さんは助かったようだ。
ああ、なにか言わなければ。きっとアルミス様が奇跡を起してくれたのだから。
だが、マドカの口から出たのは大量の血液だった。
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