ダークプリーストLV1 第三章−第01話






 マドカの教会の務めは日に々々忙しさを増していた。
 司祭達から希望者に棒術を指導するのに加え、助祭でありながらエスファの街で望む住人に祝福を与えるという本来は正司祭が行う務めが割り振られたからである。
 外回りの務めである為、当然教会での雑用は免除になったが、そもそも街に慣れていないマドカにとってはかなりのプレッシャーであった。





「あう」

 テーブルにマドカは突っ伏していた。
 ここはミガの食堂。リーリスと昼食の待ち合わせをしていたのだ。

「お疲れのよーね」

 リーリスがニヤニヤしてる。

「まだ、雑用が倍の方が遥かにマシよ」
「祝福の務めっていったって、別に法術使う訳じゃないし。
 頼まれたら道具とか人とかにアルミス様の祈りを捧げるだけでしょ?」
「法術のほうがマシよ。目に見えて効果が分かるんだから。
 祝福なんて本当に効果があるか分からないじゃない。
 私が祝福した人達がなにか不幸な目にあったら、なんて思われるかと思うと」
「真面目すぎー。気にしない気にしない」
「気にするわよ。その上、何の実績もないのにやたらと目立つからあちこちから声がかかるし」

 異界のマレビト、特別仕様の司祭服、そして常に持ち歩いている棍。これだけそろえば司祭の中でも浮いた存在になる。しかも、リーリスと違って、これまでほとんど街の住人との接触はなかったのだ。

「まー、いいじゃない。これも修行の一環なんだし」
「ほんとに?」

 懐疑的な目でリーリスを見る。

「祝福を求めるって事は、何かあるって事。失敗できない事だから仕事道具に祝福をかけてもらいたい人、今日という一日を平穏に過ごせるように祝福を求める人、想い人に告白するから背中を押してもらうつもりで祝福を願い出る人もいる。
 そういった諸々の感情を受け止めるのも祝福の務めのウチだよ」
「与えられた感情を受け止めよ、か」
「そーいう事」
「正司祭の偉大さが身しみるわ」
「あんたの目の前にもいるわよ。偉大なる正司祭が」
「一人で起きれるようになってから言って」
「眠いもんは眠いの」

 どこまでも自分に正直なリーリスである。
 トコトコと、ミガの息子が突っ伏したままのマドカを見上げる。

「マドカお姉ちゃん。大丈夫?」

 さすがに子供に心配させる訳にはいかない。
 マドカは身体をおこして子供の頭を撫でた。

「ん、大丈夫。ちょっと疲れてただけだから」
「無理しちゃだめだよ」
「ありがとう」

 マドカが笑うと安心したのか、厨房の方へ戻っていく。

「効果覿面ねー。そういえば、棒術の件どうするの?」
「棒術の件?」
「ほら、追加希望者が出たんでしょ?」
「ああ、その事ね」

 マドカは嘆息した。

「一応、受け入れる事になった。……というか、司教様、司祭長のタッグに逆らえる訳ないでしょ」
「……教会の権力ナンバー1、ナンバー2コンビだしねぇ。でも、特に困る事あるの?」

 当初想定済みだったとはいえ、希望者の筋肉痛と疲労は相当なもので、リーリス曰く「亡者の群れ」だったとの事。
 しかし、想定外だったのはそれを克服するまでの期間が予定より短かった事である。
 考えても見れば、マドカの世界と違ってアースには自転車や車、掃除機に洗濯機等あるはずもなく、すべて自分の手足で行っている。
 一般的な基礎体力の水準が、マドカの世界より高いのだ。
 そして、難関を克服すると他の司祭達と差が出始める。
 マドカの場合は極端すぎたのだが、助祭達の雑事のスピードと能率、正司祭達の行動範囲や法術の限界の高さまで目に見えて違ってきたとあっては、棒術の希望者が後から次々と出て来るのはむしろ自然であった。

「そりゃ、あの筋肉痛でしばらくまともに務めが出来ないだろうけど、その分は今の練習生でカバーできるでしょ。
 自分達の時にカバーしてもらってるんだから、誰も文句は言わないでしょうし」
「そっちは特に心配してなかったけど……。経費がね……」
「あー、新しい棍? でも許可済みって事はその辺は折り込み済みでしょ?」
「棍だけならそうなんだけど……、実は稽古着もお願いしちゃってるの」
「稽古着って、マドカが教えてるときに着てる服? なんで?」
「うん、今回の希望者は当然型から入ってもらうけど、初期からの人はそろそろ技を教えてもいいかなと思って。
 私の学んだ流派では1年位は型の修練を続けるんだけど、今の私の棒術はもう元いた世界のものとは違ってしまったから」
「マドカ流棒術って訳ねぇ」
「茶化さないでよ、リーリス」
「別に茶化してないわよ。アースには棒術って概念がないからあんたしか教えられないのは当然としても、マドカの世界でも唯一のモノになってるんでしょ」
「まぁ、そうね。そもそも棒術に限らず武術の心の在り方は平常心というのが常識的なものだったから。
 型の習得に時間をかけるのも心の鍛錬って意味もあるし。型はもちろん大事だけど、棒術を極める為にやってる訳じゃないしね。型の重要さに気付いた人は自己鍛錬するだろし」
「でも、それと稽古着とどういう関係があるの?」
「マーカス事件、覚えてる?」
「あー、ありゃ、傑作だったね」

 マーカス事件とは、型の修練中にある助祭が修道服を背中から真っ二つに破いてしまった事である。その助祭の名がマーカスであった為、いまでも男子修道棟では笑い種になっているらしい。

「それが結構笑い事じゃないのよ」
「なにが?」
「私も修道服は教会での作業着だから、大丈夫だと甘く見てたんだけど、やはり日常の務めと違って全身を使う棒術では、服に負担がかかるのよ。
 実際、リーリスの修道服もかなり傷んでたし」
「えっ、ちょっ。私、恥かくのいやよっ」
「まだ大丈夫だろうけど、ジップさんのところで補強してもらった方がいいわね」
「……そうする」
「で、型の鍛錬だけでもそうなる訳だから。技に入るともっと全身の動きが要求される訳。
 とてもじゃないけど、修道服じゃ無理ね。だから新規の希望者も込みで稽古着をお願いしたんだけど、さすがに司祭長もしぶってた」
「結局は司教様が承認したんでしょ。いつもの調子で」
「当たり。ただ、種まいちゃった私としては教会に負担をかけるのもどうかなぁと……」
「考えすぎー。あんたの悪い癖だよ、背負い込んじゃうの。
 そもそもいまさら困るならマドカに押し付けなきゃ良かったのよ」
「うーん、そうかな」
「そうそう」

 リーリスが言うと少し気が楽になった。さすが正司祭。
 もっとも、調子にのるから口にはすまいとマドカは思った。






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