ダークプリーストLV1 第三章−第02話
棒術の鍛錬をしている司祭達が筋肉痛や疲労を克服するように、マドカも日々の務めもかなり楽になりつつあった。
もっとも、マドカの場合は祝福の結果が芳しくなかった場合は自分の祈りが足りなかったのだという、かなり信仰に依存した形に成り果てていたが。
ただ、街の住人の認識は、物珍しい司祭から、責任感の強い司祭として信頼できると評判になりつつあった。
当然、本人は気付いてはいないが。
当初は街の道も大通りくらいしか把握していなかったが、街の住人と触れ合うウチに自然と裏通り、脇道も回るようになり、今ではほぼ街の全ての道を把握出来ていた。
そうなると今度はより遠くへ。田園地帯にもマドカは顔を出すようになっていた。
ここまで来ると普通の司祭は街を回る時間が限られてしまう為、あまり来ないそうだ。
マドカの場合、並外れた体力と棒術の足さばきの一種である運足がある為、距離も悪路もものともせず、ほぼ毎日顔を出すので歓迎されていた。
そんなある日の事。
いつもならのどかな空気が流れる田園にて、肌がヒリつくような感覚を感じた。
この感覚は知っている。
かつてミガの食堂で子供が無頼者達に絡まれていた時のものだ。
「どこ?!」
見渡すが田園が広すぎる。
急がないと。今度は助けられるとは限らない。
焦るマドカの脳裏にその光景は見えた。
その事に疑問を感じる前にマドカの身体は反応していた。
間に合って!
畦道を駆けていくとすでに喧騒と金属がぶつかり合う音が聞こえて来る。
「やめなさいっ!!」
若い農夫達の喧嘩だった。
片やヒューマン、片やゴブリンの農夫達が農具を武器代わりにしていた。
農具とはいえ、スキやクワ、ピッチフォーク等、どれもまともに当たれば命にかかわる。
マドカの声に数人のヒューマンが振り返ったが、同時にゴブリンが突き出したピッチフォークが一人の頬を掠めた。
「ちくしょうっ」
「邪魔すんなっ」
再び、両者が農具で打ち合う。
そしてマドカはゴブリン達の様子に気付いた。タレントである凶化が発動している。
ただでさえ危険な状態なのに、片方は恐怖を麻痺させた状態など本当に死者がでかねない。
言葉では止まらないと知るやいなや、マドカは両者の間に割り入った。
身体を回転させながら、棍が描く弧と線が農具を次々と打ち上げる。
マドカが両者の間を抜けた時、何もなくなった自分達の手を呆然と見ている農夫達がいた。
続けて、地面に次々と落ちてきた農具の音に、マドカを除く全員が飛び上がった。
どうやら、ゴブリンの凶化も解除されたらしい。
「え、なに? 今のあんたがやったのか?」
「そんな事はどうでもいいっ!!!」
最大ボリュームの怒鳴り声が田園に響き渡った。
遠くの人影すら何事かとこちらを見ている。
「こんなもので喧嘩したら命を落としかねないって分からないのっ?!」
「い、いやそれは、その。つい、勢いで……」
「何が原因でこんな事になったの?」
「そりゃ……」
言いかけたヒューマンの一人が途中で固まった。
「?」
マドカが眉をひそめると、そのヒューマンが相手側のゴブリンに聞いた。
「なんだっけ?」
「そうだな、なんだったかなー」
「さっきの衝撃で忘れちゃった、ははは」
マドカの内で何かが切れた。たぶん、堪忍袋の尾だろう。アースにもあったらしい。
「ふざけるなーっ!!!」
「す、すいません。司祭様」
「ごめんなさーい」
蜂の巣をつついたように散り々々に逃げいく農夫達を見て、全員一発ずつ頭を殴っておくべきだったかと後悔した。
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