ダークプリーストLV1 第三章−第03話






「お客様ですか?」

 それは夕刻。司祭達に棒術の指導をしている時の事だった。
 アネットに来客を告げられて首を傾げた。
 仕立屋夫妻やカミスならアネットはそう告げたろうが、どうやらアネットも知らない相手のようだ。

「実は昼間いらしたんだけど、あなたは昼間は教会の外でしょ? だから時間を変えて出直して頂いたんだけど……」

 なにやら困惑しているらしい。
 私を名指し、かつ司祭長を困惑させる相手……。
 全然思い当たらなかった。

「とりあえず、会ってくれないかしら」
「分かりました」

 そして、練習生達に指示を出す事を忘れなかった。

「1斑は弧の二を、2班はそのまま型の練習を続けて下さい。遅くなったらそのまま解散して下さって結構ですっ」

 1班は最初の希望者、2班は追加の希望者グループだ。
 が、1班から手が上がる。

「面白そうだから、あたしも行くっ」

 リーリスである。サボリの口実なのは分かっていたが、マドカは素知らぬフリをした。
 練習生の中で唯一の強制参加だからである。
 アネットの視線をするりとかわし、マドカの後に続くリーリスであった。





 礼拝堂玄関前まで来て、まずマドカは思った。
 誰? この人達? である。
 先頭にはヒューマンとゴブリンの農夫達。そしてその後ろには様々な種族が入り乱れている。

「あの――」

 誰ですか? そう聞く前に先頭のグループがいっせいに頭を下げた。

「先日はすみませんでしたっ!」

 思わず勢いに引いてしまったが、先日という言葉がひっかかった。
 そして、田園での喧嘩を思い出す。
 よくよくみれば頭を下げたのはあの時の農夫達である。
 ……が、その後ろの連中はまったく覚えがない。
 リーリスが袖をつつく。

「誰? この人達。先日って?」
「後で話す。……先日については、だけど。
 で、反省して頂けたのなら嬉しいのですが、何もわざわざ教会までこなくても」
「いえ、実は司祭様にお願いがあって来たんです」
「お願い?」

 それも妙な話である。
 階級的にはマドカは助祭であって、たいていの事なら他の司祭でも問題ないはずである。昼間に来てわざわざ出直して来るほどの用とはいったい。

「実はその技を教えて欲しいのです」

 マドカは彼らの視線の先を追った。棍だった。

「……これなら、喧嘩しても安全だと?」
「い、いえ違いますってば。ただ、それを使った司祭様の動きの華麗さといったら……。いまも目に焼きついて離れません。
 街の連中に聞いてみたら、教会で教えていると聞いて」
「え? いや、その。教えているといっても、教会の司祭達だけの話なんですが」
「じゃぁ、司祭じゃなきゃダメなんですか?」

 残念そうな農夫達。いや、そればかりではない。うしろの集団もなにやら悩ましげだ。

「……ちなみに後ろの方々は?」
「いや、司祭様が帰られるのが夕刻になるというので街の食堂で時間を潰していたんですが、棒術って言うんですよね? それを習いに行くって話をしてたらそれが耳にはいったらしくて、自分達も習いたいって」

 マドカは全身に冷たい汗をかいていた。
 つまり、この人達は全員棒術志願者?!

「し、司祭長。この話は司教様の耳には」
「え、ええ。入っていません」

 マドカの意図を汲み取ったのか、アネットは頷く。ちなみにアネットの表情も強張っていた。
 司教様の耳に入っていないなら、ここは断って……。

「今、入ったみたいだよ」
「……」

 リーリスの視線を追えば、その先にはエスタークが居た。
 いつもの笑顔で。
 それは「やれ」と言っているに等しかった。
 結局、朝、昼、夕は教会の中庭を一般開放し、司祭以外の一般信者にも棒術を教える事となった。





 その日の晩、

「大変な事になったねー」
「……いや、本当にまったく」

 ベッドでごろごろしているリーリスに、マドカは壁に腕を当て、そこに額を押し付けて呻くようにいった。

「なんで、こんな大事になるの……」
「それだけマドカの器が大きかったって事じゃない?」
「なんで? 私は喧嘩の仲裁しただけなのにっ?!」
「棍を使ったのがまずかったんじゃない? 法術でふっ飛ばせばよかったじゃない」
「リーリスじゃないんだから。あなたみたいに複数人相手なんて芸当できないわよ」

 こと法術に関しては、マドカはリーリスの足元にも及ばない。助祭、司祭の差もあるが、リーリスのそれは次元が違う。それは法術が上達するほど肌に感じていた。
 時折、アネットはリーリスの事を教会の才能と呼ぶがまさにその通りだ。

「私の器が大きかったらこんな事で悩んでないよ」

 そして、ふと思い出した。
 田園で喧嘩の場所を探していた時、脳裏に浮かんだ光景。そして、喧嘩している場所も直感的に認識出来ていた。
 リーリスにその事を尋ねるとあっさりと彼女は言った。

「それ、ヴィジョン」
「……」

 司祭長であるアネットでさえ、稀であるというヴィジョン。それを……。

「や、やめてよ。助祭の私にそんなの――」
「やっぱり気付いてなかったんだ」
「え?」
「地震の時も起きる前に知ってたでしょ? なんで?」

 それは、やっぱり脳裏にイメージが。

「器が大きいって言ったでしょ。マドカは教会のヴィジョンと言ってもいいとあたしは思ってるけど」
「教会の……ヴィジョン?」
「たぶん、マドカはただの異界のマレビトなんかじゃない。
 アルミス様が遣わしたのよ、今の教会に変われってね」

 リーリスは身体を起した。

「教会で街の人達にも棒術を教える。私はいいんじゃないかと思ってるよ。
 これまで街と教会は助け合って来たけど、どこか一線引いてるところがあったし。そう悪く捕らえる事ないんじゃない?」
「簡単に言うなあ」
「マドカは難しく考えすぎ。それに最悪トラブルが起きたら司教様がなんとかするわよ」
 再びリーリスはポテンと横になった。

「ほら、マドカもいくら悩んだってもう決定しちゃったんだから。朝早いんだから早く寝る」
「お互い様でしょ」

 まどかは嘆息してベッドに向かった。






© 2013 覚書(赤砂多菜) All right reserved