ダークプリーストLV1 第三章−第04話
街の住人に教える事が決まっても棍がなければまず始まらない。
さすがにそこまで教会が負担する訳にもいかないので、カミスの店を紹介して各自注文してもらう事になった。
カミスにはいい迷惑だったかもしれないが。
街の住人については全員に棍が届いてからという事になり、マドカは今日も祝福の務めに出ていた。
本格的に始まると今まで朝、夕だけだったのが、昼も追加となり、務めも計画的にルートを決めないと――などと頭を捻っていると、マドカ司祭と呼ぶ声が聞こえた。
「あ、ジップさん。こんにちは」
仕立屋のオーガ、ジップだった。
「実は折り入って相談したい事があるのですがよろしいでしょうか?」
「あ、はい。なんでしょうか?」
彼ら一家とは何かと縁があり、何か力になれる事があるのなら喜んでなりたい所である。
しかし、誘われるままに店に入り、硬直した。
「……もしかして、相談ってこれ絡みだったりします?」
「実はその通りでして」
そこには無数の稽古着があった。
「なんでも、一般信者にも棒術を教えるとかで急に注文が増えたんですよ」
ジップの妻ゲリアが顔上げて困ったように笑う。
「え、あ、すいません。まさか、こっちにまで影響が出るとは」
慌てて頭を下げるマドカ。
夫妻の娘が、マドカ何か悪い事したの? と言っている。
「あー、いえいえ。注文が来るのはいいんですよ。ワシらも商売でやってますから。
唯一つ問題がありましてね」
「といいますと?」
「今まで教会に納品していたものは、基本はマドカ司祭の稽古着の複製です。
男女の差とか、体格が極端に違う方にはサイズを変えてますが」
「はい、そうですね」
「ですが、今回ヒューマン以外の種族からも注文が入りまして。
種族が違えば、骨格や筋肉のつき方も違ってきます。
そうなるともうサイズを合わせるだけという訳にはいかないのです」
「あっ」
言われてみれば確かに。
棍に関しては恐らくサイズだけで済むだろうが、着るものとなるとそうも行かないだろう。そうでもなければ、種族ごとの服が売られているはずがない。
「そこで相談なんですが。その棒術の鍛錬にしばらくワシらも混ぜて欲しいのです」
「え? どういう事ですか?」
「ワシらは直接棒術というものを知りません。
複製が出来ないのであれば、直接体験して服に負担の掛かる箇所、余裕を持たせるべき場所を身体で覚えるしかないと。
マドカ司祭にはご迷惑かもしれませんが」
「と、とんでもありません」
事の発端が自分にあるだけに、夫妻の頼みを断れるはずもなかった。
そして、一般信者に棒術の指導を行うという噂はエスファ中にあっという間に広がり、日に々々希望者が増えていった。
身体を鍛える為、職に活かす為といった明確な目標を持つものから、興味本位の者まで理由は様々であった。
途方にくれたマドカが。
「いっそ、道場でも立ち上げましょうか?」
と冗談を言って、すぐ近くにエスタークがいて慌てて取り消す一幕もあった。
実際に鍛錬が始まると司祭達と違い、単調な型の鍛錬に音を上げる者もいたが、技の習得の早い司祭達に試合をさせたり、マドカ自身が相手をしたり。また簡単な演舞を見せたりとなるべくモチベーションを保てるように工夫していった。
また教会の表には、いつからかスケルトンとゴーストが露天商を開いていた。売り物は、疲労回復に効く甘い飲み物や果物だ。
いいんですか? マドカはアネットにそう聞いたが司教の許可済みだそうだ。
「まぁ、実際。朝、昼に来る方はその後仕事があったりしますからね。その意味ではああいった露天商があるのもいいかも知れませんね。
教会の品格としてはどうかと思いますが」
「はぁ」
「それよりマドカ。あなたの方で困った事はない?」
「私……ですか?」
「ええ、さすがにここまでの規模になるとは思ってなかったから。
何もないならいいのだけど」
「そうですね。強いて言えば私自身の鍛錬の時間がとれない事ぐらいですね」
「そうね。元々はあなた自身が隠れるように鍛錬しなくてもと思って始めたのだけど、あなた自身の時間がとれなくなっては意味がないわね」
「せめて、上達の早い人が後続を引っ張るという形になれば楽になるんですが。
元々棒術という概念自体がアースにはありませんでしたからね。時間はかかると思います」
そう言いつつマドカは笑顔で言った。
「とは言っても、ここまで来た以上は放りだす訳にもいきません。きっとこれもアルミス様のお導きでしょう。最後まで責任を持ってやります」
「悪いわね。何かあったら相談して頂戴。いざとなったら司教様の許可を取り付けるわ」
「ありがとうございます」
しかし、この時のマドカには相談しても意味のない何かが起きるとは想像もしていなかった。
© 2013 覚書(赤砂多菜) All right reserved