ダークプリーストLV1 第四章−第01話






 マドカがアースに来た頃。
 教会の設備で一番驚いたのが、ここ浴場である。
 アースの光景から、単なる水浴びで済ますか、大きなたらい状のものにお湯を注いだものを想像していたら、しっかりとお風呂場していたからである。
 さすがにシャワーや蛇口はないし、銭湯の富士山のような壁画はないが、四角い大きな浴槽に、壁面にある下りの溝から常にお湯が浴槽に注がれ一定の温度を保っている。
 当然注がれるだけでは浴槽からお湯があふれだす訳であるが、そこはきちんと浴槽の中に湯面が一定以上の高さにならないように穴が開いている。
 そこからいったん外に出て、お湯を沸かす機構に流れ出て、また壁面の溝から浴槽に戻るという様になっている。
 司祭達はまず、壁を流れる溝からお湯を汲んで身体を洗い、浴槽に浸かる手順になっている。
 勿論、こんなものが全自動になっているはずもなく。助祭が当番制でお湯を沸かしたり、手動ポンプのようなものでいったん浴槽から外に排出されたお湯を、上へと押し上げる機構があったりする。当番となった助祭は後から残り湯に浸かる訳である。身体を洗うのに使う壁面の溝を流れるお湯については、一定量貯めておけるタンクのような仕組みがあり、そこを開放する事によってしばらくは自動で流れ続ける事になる。
 このような複雑な仕組みはコボルト達が主に作り上げたもので、さすがに器用さと発明がタレントなだけの事はあると感心したものだ。カミスのような残念な例もあるが。
 ちなみに街の方では同様の仕組みを備えた大衆浴場か、後はまどかの想像どおり水浴びやたらい風呂が一般的なようだ。
 各棟の浴槽自体はそれなりの広さはあるものの、さすがに司祭達全員が入れる大きさではないので、何組かに分かれて順番に入るようになっている。
 一番湯は司教、司祭長や司祭達の代表格達固定になっているが後はローテーションで順番が入れ替わるようになっている。





 そして、女子修道棟での本日の輝かしい2番湯はマドカ達のグループだった。
 一日の務めの汗を流すという行為は、司祭達にとって何者にも変えがたいものがあるようで、この時ばかりは女性司祭も女の子に戻ってしまう。
 ましてや、棒術門下生達はなおさらである。
 ちなみに道場が完成してからは、予想通りと言うかマドカの呼び名が師範で定着してしまい、今では練習生達の呼び名も門下生に変わっている。
 せめて、道場の中だけにして下さい、とマドカがぎりぎり妥協出来る条件で今に至っている。
 リーリスを含め司祭達が身体を洗うため、我先にとお湯の流れる壁に向かう中、マドカは注意深く風呂場を見やった。
 ややして、脱衣場に引き返す。
 それを見た司祭達の動きがピタッと止まる。

「いるの? リーリス」
「たぶんね」

 司祭達が囁く中、マドカはあろう事か棍を持って戻ってくる。

「確定」

 リーリスが呟く。
 マドカは何かを追い詰めるようにゆっくりと風呂場を歩いている。
 司祭達は不埒者を逃がさないよう、脱衣場への出口をブロックする。
 マドカの動きは逃げ回る何かを追うように蛇行していたが、その見えない何かが観念したように風呂場の隅で足を止める。
 マドカが手首で軽く棍を振ると、聞いてるだけでも痛い音が風呂場に鳴り響いた。
 それまで何もなかったそこには、褐色というには濃い肌の少年が頭を抱えていた。見た目はヒューマンに近いが耳の形状が横に長い三角形の形状をしている。
 ダークエルフ。タレントは姿消し。

「エース。まだ懲りてなかったの?」

 マドカが冷たく言った。
 10代前半と思われる少年はごまかすように引きつった笑みを浮かべる。

「あはは。マドカお姉ちゃん、コンニチハ」
「コンバンワ」

 風呂場にもかかわらず、二人の間に冷たい風が吹く。

「えーと、見逃してくれる気は……、ないよね?」
「私は見逃してあげてもいいけど……」

 道を譲るように、彼女は一歩横へ移動する。

「私以外が見逃してくれるかは保障しない」

 拳を鳴らす者、風呂桶を構える者、まるで練習するかのように蹴るそぶりをする者。
 すでに準備は万端のようである。

「じゃぁ、皆さん。お好きなようにして下さい」
「おっしゃぁぁあ」
「このクソガキがぁ」
「アルミス様に代わって制裁っ、制裁!!」

 普段、街から親しまれる司祭として、あるいは乙女としてはどうかという叫び声を上げて、恐怖に怯える少年へと迫っていく。

「平和ねー」

 マドカは棍を脱衣所に戻してから、悲鳴をよそに改めて壁を流れるお湯で身体を洗う。
 リーリスは呆れたように。

「見逃してあげても良かったんじゃない? 先に入った司祭長あたりは気付いていただろうし。どうせ、あたし達結婚できないんだし、見られたからどうこうって事ないと思うけど」
「うん、だから私は見逃した」
「……あれは見逃したって言うの?」

 すでにエースと呼ばれたダークエルフの少年は司祭達に袋叩きにされていた。

「アルミス様の教えは己が感情に従え」
「……あたしはあれが街で尊敬される司祭達の姿と思いたくないんだけど」
「まぁ、初犯じゃないんだし。少しは懲りてもらわないと」
「懲りる前に事切れないといいけど」

 止まぬ悲鳴に聞こえない振りをしてリーリスも身体を洗い始めた。






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