ダークプリーストLV1 第四章−第02話
リーリスは宿舎自室に戻って呆れた顔をした。
「あれだけやられてまだ懲りてなかったの、このエロガキ」
ダークエルフの少年は、先に部屋に戻ってベッドに腰掛けていたマドカの胸に顔をうずめている。
マドカは首を横に振る。
「誤解よ。一回目が覚めて起き上がろうとしたけど力尽きただけ」
「……まぁあれだけのダメージを全部治しちゃったもんね。みんな、容赦ない」
治癒法術は負傷を癒す法術であるが、それと引き換えに対象者の体力を奪ってしまう。
軽い負傷は治さない、体力回復の法術を使う等、それを避ける方法はあるのだが、怒れる司祭達は当然そこまで面倒はみなかったらしい。
「で? どうだった?」
「うん。疲れて寝てるから、今日は教会で泊まってもらうって言ったら帰っていったよ」
リーリスが言っているのは、帰りが遅いエースを心配して迎えに来たダークエルフの事だ。
まさか、司祭がよってたかって袋叩きにして気を失っていますとは言えまい。
「そんなんでも、一応次期族長だからね。何かあったら困るんだろうけど」
ダークエルフは街の住人ではなく、近くの集落で暮らしている。
本来狩猟を主とする森の民であり、闇の側の種族では珍しく、アルミスを含めた闇の神々を信仰していない。そのかわりに自然崇拝に近い概念がある。
その為、街とはそれなりに付き合いがあるのものの、どこか一線を引いている所がある。
「次期族長? 初耳だわ」
「そうなの? まぁたしかに見えないけど」
「こんな歳なのに? 他に候補はいないの?」
「まぁ、直系の兄がいるらしいし、他にも腹違いの兄弟もいるらしいけど。やっぱりタレントにこだわりがあるみたい」
「失われつつあるタレントか……」
ダークエルフの持つタレントは三つ。風の流れを視覚化できる風見、足音消し。そして姿消し。
ただし、この姿消しに関してはこの50年で使える者が激減しているという。
先の大戦では姿なき暗殺者として猛威をふるったらしいが、戦争が終わった今となっては使い道がほとんどない。狩りでは風見と足音消しだけで十分だからだ。
だからこそなのか、戦争が終わってから姿消しを使えなくなったダークエルフは増えていった。
彼ら自身は絶やすまいと必死になり、近親婚すら許されているらしい。
「また自分に重ねてる?」
「え?」
「タレントが使えるばかりに族長になんて祭り上げられてる、ってね」
リーリス相手にごまかしは利かないだろう。
カンが鋭い上に、宿舎では同室で身近な存在だ。
司教と司祭長は別枠として、もっともマドカを理解している。
「まぁ、この歳でもう未来が決められてしまっているのが……、なにかね。本当ならいろんな未来の可能性があるはずなのに」
「こればっかりはね。ダークエルフという種族としての考え方だから口出し出来ないし。あ、そうだ。この子、婚約者までいるのよ。それも複数。さっき迎えに来たのもそうらしいし。なんでわざわざ危険をおかしてまで他種族の風呂を覗きに来るのやら」
マドカはエースの頭を撫でながら、少し考えて言った。
「ささやかな反抗、かな」
「なにそれ?」
「姿消しなんてこんなくだらないものだって言いたいのかも」
「そこまで考えてるのかねぇ。この子」
エースの身体がバランスを崩したのか傾き、ベッドで横になる。
「こーしていると、可愛げはあるんだけどね」
朝、マドカが目覚めるとエースがいなかった。
「帰った?」
少なくとも室内に気配はない。
まぁ、一晩ぐっすり寝たのだから体力はかなり回復しているはず。
むしろ、あれだけの状態で朝起きられた事の方が意外だった。
「一方、こっちは今だぐっすりだけど」
マドカは稽古着に着替えながら、さて手強い眠り姫をどうやって起そうかと思案していた。
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