ダークプリーストLV1 第四章−第03話






 朝早いというのに教会内道場には活気があふれている。
 一般信者の門下生で、筋肉痛や単調な型の繰り返しに耐えられなくなり、脱落していった者も中にはいたが、今残っているのは司祭達を含めて、最初の壁を乗り越えた者ばかりだ。
 マドカにも覚えがあるが、人は一度壁を乗り越えてしまうとその先を目指したくなる。
 また身近にそういった存在がいれば、自然とそれは周りに影響を与え感化される。
 まるで、道場全体が一つの意思になったかのようにも思える。
 マドカにとって門下生の指導は決して楽ではなかったが苦でもなかった。
 自分が歩んで来た道が引き継がれているようで、棒術の指導を始めて良かったとすら思っている。
 感傷に少しひたった後、マドカは無造作に棍で軽く宙をつく。

「痛っ」
「エース。危ないから道場では姿消しは使わないで。鍛錬中の棍に当たったら痛いじゃすまないわ」
「分かったよ。でも、なんだマドカお姉ちゃんだけ、俺の姿消しが通用しないんだよ」

 エースは頬を膨らませる。

「第六感って奴さ」

 マドカの代わりにワルドが答える。
 彼は既に型の鍛錬を卒業し、技の習得、それも高度なものへと移っていた。

「坊主。お前の使う姿消しは見事だが、見えないだけで存在そのものが消える訳じゃない。体温、息遣い、動作による大気の乱れ、そういったものが師範には感じ取れるのさ」
「だったら、こんなタレント意味ないじゃないか。なんだってみんなこんなものありがたがるのさ」

 その場に座り込んで拗ねる。

「次期族長なんだってね」
「そ、理由は姿消しが使える。ただそれだけ。馬鹿々々しいったら」
「族長になるのは嫌?」
「……分かんない。でも、族長になったら気軽に街にも来られなくなる。親父は族長である事は誇らしい事だって言ってるけど、俺には集落に縛られてるようにしか見えない。何よりも俺自身が何をしたいのか、何になりたいのか分かっていないのに、もう道は一つしかないってありかよ」

 愚痴を漏らしつつもエースは諦観の表情をしていた。とてもこの歳の少年が浮かべるような表情ではない。

「といってもダークエルフをやめるなんて出来ないからな」
「親方に頼んでみるとか」

 話にリーリスが混じってくる。

「親方? ああ、鍛冶屋のヴァンパイヤか」
「ヴァンパイヤのタレントならダークエルフやめられるよ」
「そりゃ無理だ。親方、といよりヴァンパイヤ全体がそのタレントを嫌ってるからな。絶対拒否されるぞ」
「あれ、そうなんだ?」
「ワシは親方とは先代からの付き合いだが、口にするのも禁忌ってレベルだぞ。嘘だと思うならリーリス。お前が試しに頼んでみな」

 ワルドの言葉にリーリスはぶるぶると顔を左右に振った。
 エースは投げやりに言った。

「例えできたとしても、そしたらあいつらが困るからな」
「あいつらって?」

 リーリスが首を傾げる。

「婚約者。みんなマドカお姉ちゃんと同じくらいかもっと年上だけど。色々世話やいてくれてるし。裏切れないよ」

 重い空気にリーリスはそそくさと技の鍛錬に戻っていった。
 マドカにはエースを縛る鎖が見えた気がした。だが、それを解く術はまったく見出せなかった。





 その日。マドカが祝福の務めに出ている間、エースが付いて来た。
 曰く、暇だからだそうだが。
 拒否して、また姿消しで騒動を起されても困るので、好きにさせる事にした。
 ただ、普段のペースで移動しているとエースがついて来られないで、ゆっくり歩く事にした。
 今日は中途半端に終わりそうだと内心ため息をついていると、マドカ司祭と呼ぶ声がする。
 声の主はコボルトの大工だった。教会の道場を建てた折にはお世話になっている。

「どうしました?」
「ええ、実は道具がかなり傷んでたんで。この際という事で一新したんですよ。そこでマドカ司祭に祝福をと思って」
「分かりました。これですね?」
「はい、お願いします」

 道具箱に向かって手の平をかざし、アルミスへの祈りの言葉を口にする。

「ありがとうございます」
「いえ、また何かありましたら、街を回ってる司祭に頼むか教会に来てください」

 そして、また街を回りだしたがすぐに声がかけられる。
 今日は忙しい日らしい。
 祝福の務めといっても、いまやマドカが実際に担当している務めは正司祭のそれとほとんどかわらない。
 法術による傷の治療から、相談事。争いごとの仲裁や調停。犯罪の取り締まり。起きた事件の情報収集や告発の受け入れ。街が組織している自警団との顔つなぎ。数を上げればきりがないが、それらをこなせるほどマドカは成長していた。

「マドカお姉ちゃん」
「なに?」
「疲れない? みんなよってたかって、マドカお姉ちゃんに頼って」
「別に私だけって訳じゃなくて、正司祭はみんなやってる事だからね。それに今はむしろ必要とされている、そう思うと嬉しいぐらいだけど」
「今は?」
「……昔の私は人の中にあっても孤独だった。自分にはこの道しかないって思い込んで自分を追い詰めていた。アルミス様の教えに出会うまではね」
「信じられないな、そんなマドカお姉ちゃん」
「視野が狭かったからね。……今思えば、元いた場所にも選べる道が、あったのかもしれない。この道を選んで後悔してはいないけどね」
「いいな。俺は選べないものな」
「……私はダークエルフの文化に詳しい訳じゃないからそれについて何も言えない。ただ、選べないとか、この道しかないとか決め付けて、視野を狭くするのは賛成出来ない。それは私が犯した過ちだから」






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