ダークプリーストLV1 第四章−第04話






 その日の夕方、棒術の鍛錬は早くに切り上げられた。
 マドカとワルドが試合をする事になっていたからだ。
 元々槍使いであり、身体も出来ていたワルドの上達が早いのはマドカの予想通りだったが、ワルドはマドカの棒術に自らの槍術を組み合わせ、彼なりの棒術とも言えるものを組み立てていた。
 これはマドカにとって嬉しい誤算だった。

「じゃぁ、二人とも中央へ」

 審判役のリーリスが二人を呼び寄せる。審判といっても開始と終了を告げるだけだが。
 道場内に風切り音が鳴り響く。

「はじめっ」

 宣言してからリーリスはその場からすぐ離れた。巻き添えを食らってはたまらないからだ。

 仕掛けたのはワルドから。円から線そしてそのまま弧に返さず続けて線を繰り出す。
 マドカはそれをかわし、さばく。
 さばいたワルドの線が弧に変わったかと思うと、円に帰さず再び反対の棍先で線を描く。しかも、さきほどよりも早く。
 それも紙一重でかわし、棍を引くのに合わせ攻撃に移ろうとするが、ワルドの棍が素早く弧を描き円を描く。
 まるで弧や円を鞘とした居合いのようだ。そうマドカは感じた。
 円の支点を上下に揺らす。ワルドの目に警戒が走る。すでに一度見せた技だ。そのまま通じるとはマドカも思っていない。
 線を放つ。予想通り、ワルドは大げさなほど大きく避ける。だが、大きな動作は隙を生む。線から弧、弧から円。そして円から弧へとすばやく繋げる、攻撃重視のワルドの円では防ぎきれず体勢が大きく崩れる。
 マドカは立て直す間を与えず弧から逆の弧そしてさらに弧と追撃する。
 ついにはワルドの棍が弾かれた。

「それまでっ」

 リーリスが宣言した時にはワルドの喉元にマドカの棍が突き立てられていた。

「ちっ、まだ師範の域には遠いか」

 マドカが棍を降ろすとワルドはため息をついた。だが、そこに悔しさのようなものは感じられなかった。

「いえ、前半は正直ひやっとしましたよ。棒術なのにまるで未知の攻撃のような気がしました」
「まぁ、実際槍の応用みたいなもんだが。まずかったか?」
「なぜ? 型は型、技は技。私は棒術を教えましたが、それを使ってどう戦うのか、創意工夫は個々の自由です。恐らくそれがワルドさんの棒術であり、棒術におけるワルドさんの道だと感じました」
「ワシの……道か」

 マドカはワルドに手を差し出した。

「あなたに教える事はまだまだあります。しかし、その一方であなたはもう私の手を離れつつあります。出来ればこれからは後に続く人達へ教える立場に回って頂きたいのですが」
「……ワシがか? おだてておいて、門下生を半分押し付けて自分の鍛錬する時間を作る気じゃないのか?」
「否定はしませんよ。あなたに棒術を教えた者としてまだまだ追いつかれる訳にはいきませんから」
「フンッ。いいだろう。早々に手が届いては面白くないからな」

 ワルドはマドカの手を握り返した。
 周囲の門下生から拍手が上がった。
 マドカはリーリスから差し出されたタオルを受け取り汗を拭き、そしてエースの視線に気付いた。

「どうしたの?」

 エースはただ、マドカを見上げていた。その目には迷いも疑問もなく、ただ憧れるようにマドカを見ていた。
 そして、背を向けた。

「集落に帰るよ」

 呼び止める間もなくエースは去っていった。

「エース?」
「心配すんな。坊主にも道が見え始めたんだろうよ、恐らくな」
「そうだといいですが」
「大丈夫だよ。マドカに関わるとみんな変わっちゃうんだから」
「違いねぇ」

 リーリスとワルドが笑いあってる様を見て、マドカの口元からも笑みがこぼれた。
 ……だが、運命は暴力的に個人の想い踏みにじっていくのだと、その時のマドカ達には想像すらできなかった。





 ある日、祝福の務めに出ていたマドカは街外れに人だかりが出来ているのに気付いた。
 なに? 嫌な予感に全身の肌が粟立つ。
 人だかりの内、一人がマドカに気付き、司祭様がきたぞと叫ぶと、一斉に視線がこちらへと向いた。
 胸騒ぎを顔に出さないようにしながら駆け寄っていくと、人垣が割れて道が出きる。

「!!」

 そこには全身血まみれのダークエルフの青年がうつぶせい倒れていた。
 意識はしっかりしているらしく、マドカを見て安心したような顔をする。

「いま傷を塞ぎますから。もう少し辛抱して下さい」
「いや、俺は大丈夫だ。……それよりも大変な事が起こった」

 治癒法術を拒む青年。傷よりも体力の消耗が厳しそうだと判断したマドカは話を聞く事にした。

「集落が、光の軍に襲われた。助けを求めに来たんだ。奴らをなんとかしてくれ。頼む、アルミスの司祭よ」
「なっ?!」

 戦争が終わっても、光の軍を名乗り辺境で暮らす闇の側の住人を、正義の名の元に殺戮し略奪するというのは聞いてはいたが……。
 すぐにでも向かいたい所だが、マドカはダークエルフの集落の場所を知らない。

「誰かっ。道案内をお願いできませんかっ」

 しかし、返答は返ってこず、代わりに尻込みする空気が伝わってくる。
 馬鹿か私はっ。思わずマドカは自分のうかつさに内心叱咤していた。
 光の軍が攻めて来たと知って、誰が案内したいものか。下手をすれば己の命を危険にさらす事になる。
 マドカにしても街の住人を危険に晒したくはない。
 しかし、脳裏に浮かぶのは先日のエースの後ろ姿。
 エースっ。どうか無事でいてっ。
 仕方なく、ダークエルフの青年を教会に運ぶ事にした。
 しかし、その手をよくしっている毛深い手がつかむ。

「場所だけなら知ってるぜ」
「ワルドさんっ」
「無論、危険は承知なんだろうな?」

 念を押されるまでもない。それでも今行かねば後悔する。

「分かった。だが、馬を使ったほうが早いがマドカは馬に乗れるか?」
「いえ」
「じゃ、ワシと一緒に馬に乗れ。おい、誰か馬を貸してくれっ。それぐらいはいいだろ」
「ほい、これでええか?」

 どこかで成り行きを見守っていたのか。スケルトンが2匹の馬を引き、その上には相方のゴーストが浮いている。

「事態が切迫しているようだから、少々金を積んで借りてきたが」
「後で教会に私の名前で請求して下さい」
「ほな、そうさせて貰おうか」

 そしてスケルトンが馬に乗った。

「お前らも行くのか?」
「人手は多いほうがいいだろ。やりあうにしろ。逃げるにしろ、な」

 ゴーストが目で時間がないのだろうと言っている。
 ワルドがもう一匹の馬に乗り、その後ろにマドカが乗る。

「そう言えば、名前を聞いていませんでしたね」
「俺はグラム、こっちのスケルトンは――」
「デイトンや。よろしゅうな」
「挨拶してる時間もおしいんじゃないか?」
「はい」

 出発前に、マドカは周囲の人々にダークエルフの青年を教会に運ぶよう頼んだ。

「いくぞ、しっかり捕まってろよ」
「はい」

 ワルドが馬を走らせ、デイトンがそれに続く。
 二頭の馬の遥か上空をグラムが偵察がてらに先行していた。






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