ダークプリーストLV1 第四章−第06話
ワルドが先に馬に乗り、のろのろとマドカがそれに続こうとした時、それは降りた。
ヴィジョン。
踵を返して、地獄絵図へと引き返す彼女をワルドが慌てて呼び止めるが、彼女は止まらずに駆けていく。
仕方なしに馬を再び繋げて、ワルドはマドカを追いかける。残りの二人もそれに続く。
そして目を疑う光景を目にした。
マドカの姿が消えた。違う、穴へ飛び降りたのだ。
「マドカッ」
そこには司祭服も肌も矢はずにひっかかれぼろぼろになり、血まみれになりながらも死体をかき分けるように進む彼女の姿。
死体は矢を射かけられただけのものだけでなく、刃で切り裂かれ内臓が見えているものすらあったが、それすらも押しのけていく姿は狂気に駆られているようにも見えた。
「おいっ! お嬢さん! しっかりしろっ、目を覚ませ!」
空を飛べるグラムがマドカの真横で叱咤するが、マドカは意に介さない。
今、彼女にあるのは脳裏に浮かんだイメージだけだった。
早く、早く、早くしないと。
ふいにマドカの身体が死体の山に沈んだ。
たまらずワルドとデイトンも穴に飛び込みかけるが、グラムがそれを制する。
「グラム。お穣ちゃんは何をやっとんねん」
「……いいから見てろ。奇跡ってやつが見られるかもな」
死体の山が盛り上がる。それが割れて、頭から真っ赤に染まったマドカが顔を出す。
それはついさっき血の匂いに吐いていた少女とは別人だった。
「だれか、教会から人を呼んで! 急いでっ!」
「なにっ」
マドカは死体の下からつかんでいたものを引きずり出す。
それはダークエルフの少年だった。
「坊主か?!」
「まだ生きてるっ! まだ生きてるのよっ! でも、治癒法術じゃ体力がもたない! 一刻も早くっ」
「いや、それには及ばないようだぜ、お嬢ちゃん」
グラムはこの集落を目指している一団を見つけて言った。
それは司祭達と街の自警団だった。
「リーリスッ」
「分かってる。マドカは休んでて」
穴から出たマドカのあまりの風体に、他の司祭も自警団も一様にぎょっとしたが、リーリスだけは例外だった。
「まったく、あいかわらず無茶して」
「ヴィジョンが見えたの。でも、時間がないと思って」
「まぁ、正解ね。良く生きてるわ。この状態で」
エースの身体は他の死体と同様に矢がいくつも刺さっている。それでも息があったのは他のダークエルフ達がかばったのと、急所を外した運だろう。
だが、そのかばったダークエルフ達の死体の重みが、逆にエースの負担になり体力を奪っていた。
「早く、体力回復法術と治癒法術を」
しかし、リーリスは冷静に言う。
「無理よ。矢が刺さったままじゃ治癒法術は使えない。かと言ってこんな状態で体力回復法術なんか使ったら失血死やショック死もありえる。体力回復法術は治癒法術の為にあるわけじゃないわ」
「じゃ、どうすればっ」
「いいから、見てて。マドカの事だから、いつか使う事になると思う。だから、いまから見本を見せてあげる」
「見本って何を」
「チェンジインジャリー。負傷転移の法術の本当の使い方」
それはかつてマドカが無意識に使ったもの。
極めて危険な法術の為、教会でも使用が制限されているはずのもの。
リーリスは、他の司祭達を見やった。その中には男性司祭も、リーリスより遥かに目上の司祭も混じっていた。
にも関わらず、リーリスは司祭達に命じた。
「今からチェンジインジャリーを使うわっ。全員準備してっ」
誰もリーリスに異を唱える者はいなかった。
普段のだらけた態度とは違い、教会の才能と呼ばれる司祭がそこにいた。
エースを地面に横たえて、司祭達がぐるっと周囲を囲む。
リーリスだけが、火で炙った儀式用ナイフを手に、エースに覆いかぶさるような体勢を取る。
「リーリス、それ」
「教会を出る直前にヴィジョンが降りたの。なんでこんなものがと思ったけど、持ってきて正解だったわ」
リーリスは周りの司祭に手順を説明する。
「私が矢を抜いていくから、抜いた瞬間に即法術を開始して。いい? もうこの子には体力がほとんど残っていない。遅れたら命取りになると思って」
「はいっ」
「じゃ、いくわよ」
リーリスはナイフで矢の刺さっている部分の肉をえぐる。
矢尻に返しがついている為に、そのまま引き抜くとかえって傷が大きくなるのだ。
そして、矢を引き抜いた瞬間に傷が消える。
周囲の司祭達の中に若干顔をしかめるものもいたが、それ以上の影響が見られない。
マドカは今、何が起こっているのか正確に把握していた。
分散。過去、マドカがしたように自分一人が負傷を引き受けるのではなく、人数分で分割して引き受ける。確かにこれなら例え致命的な傷であっても、誰も死なずに済む。
「さぁ、時間がない。どんどんいくわよ」
宣言どおり、手際よくリーリスは矢を抜いていく。返り血に服も顔も汚れたが意に介さない。
2本、3本と無造作に抜き終わった矢を投げていく。
「よし、これで最後っと」
エースの身体から全ての矢が抜き取られ、見た目上の傷は全て消えた。
しかし、エースの呼吸は浅くなっていく。
司祭達数人が体力回復の法術をかけようとするが、リーリスが待ったをかける。
「まだ内臓に障害が出てる。体力回復はそれからにして」
その言葉に司祭達が負傷転移の法術を使おうとするが、それにも待ったがかかる。
「みんなは体力回復の法術の準備を。これはあたし一人でやる」
「ちょ、ちょっと」
「おい、リーリス。それは無茶だろ」
「俺達はまだいけるぞ」
司祭達は口々に言うがリーリスは受け付けない。
マドカも無茶だと思って声をかける。
「リーリス? 何を」
「言ったでしょ。見本をみせるって」
それ以上、有無を言わせずリーリスはアルミスへの言葉を捧げ始めた。
「っ!!」
鳥肌が立った。
マドカには感じられた。エースからリーリスへと移ろうとしているそれが、その過程において削られ、押しつぶされ、本来のものより遥かにちいさくなっていく様を。
圧縮と減退。法術そのものに組み込まれていない事を彼女はやってのけたのだ。
リーリスの身体が傾ぐ。
「リーリスッ」
咄嗟にマドカが受け止める。
マドカの司祭服は血だらけだったが、リーリスはそんな事では文句は言わないだろう。洗えば済む話じゃんと彼女なら言うだろう。
「だいじょーぶ。さすがにきつかったけど、ぎりぎり受け止める事が出来る範囲だったから。それより分かった? 何をしたか」
「うん」
「今は無理だからやらないでね。でも、たぶんマドカだからいつかやらなきゃならない時が来ると思う。だから見せたんだからね。ありがたく思いなさいよ」
「馬鹿ね、無茶は人の事言えないじゃない」
マドカの耳に荒い息遣いが聞こえ始めた。
他の司祭達の体力回復の法術。リカバリースタミナの効果が出始めたのだ。
© 2013 覚書(赤砂多菜) All right reserved