ダークプリーストLV1 第四章−第07話






「アルミス様……私には分からないです」

 礼拝堂のアルミス像に問いかけるマドカがいた。
 エースは今、教会の看護室にいるはずである。
 エスファの目と鼻の先と言っていい、ダークエルフの集落が光の軍に襲われた事により、司祭長と数名の高位司祭が、自警団と今後についての話し合いが行われている。
 しかし、マドカには今後の事より、集落のあの地獄絵図がどうしても忘れられなかった。
 マドカは無力だった。救えたのはたった一人。
 マドカには信じられなかった。あれが正義の名の元に行われたものだと。
 光と闇の大戦。それは光の側の勝利に終わり、闇の側は悪として辺境へと追われる事になった。
 ならば、マドカ達は、エスファの住人は悪なのだろうか?
 マドカには受け入れられなかった。
 教会で、街で様々な人達の心に触れた、立場や種族の違いもあった。全てが良い思い出だった訳ではない。
 それでもなお、エスファの住人を悪とは呼びたくなかった。

「あら、こんなところにいたの?」
「司祭長おかえりなさい」

 自警団との打ち合わせが終わったのか、アネットが帰って来た。

「どうでした?」
「基本的には静観ってところね」
「静観……ですか?」
「まぁ、仕方ないわね。相手が光の軍を名乗ったただの夜盗だった可能性も否定できないけど、正式な軍だった場合、下手な手出しは本格的な戦争を招きかねない。そうなれば、もはやエスファだけの問題ではなく、他の闇の側にも累が及ぶかも知れないから」
「そうですか……」
「消極的だと思う?」
「……いえ。私はそれを口に出来るほどアースの事を知りません。その事が今回の事でよく分かりました。少しはアースの事を知ったつもりが自惚れだったと分かりました」

 アネットは苦笑した。

「少し、自虐的過ぎるわね」
「私の世界では戦争は遠い異国の出来事でしたから。戦争という現実がどういうものか分かっていませんでした」
「別にアースでも珍しい訳じゃないわ。戦争、先の大戦自体は終わっているんだもの。戦争の現実を分かっていない人もいるわよ」
「そうでしょうか?」

 どこまでも懐疑的なマドカにアネットはしばし思案する。
 そして、おもむろに司祭服の襟に指をかけ、右肩を露出される。

「司祭長っ、何をっ!」

 そして、凍りついた。アネットの肩には醜い火傷の跡があった。そして、その火傷が何なのか、マドカには分かってしまった。

「リーリスからは聞いていなかった?」

 マドカは首を振る。

「そう。まぁ、言いふらすようなものではないし、教会を含めてエスファ中が知ってる訳でもないですしね。ここにはかつて太陽神アポミア様が従属神、ジャミス様の紋章が刻まれていたの」
「そ、それがなぜ……」
「まだ司祭になりたての頃だったわ。
 もっとも要領が悪くて助祭の期間が人一倍長かったけど。司祭になってもそれは変わらず、早く誰かの役に立ちたくて空回りばかりしてた。
 でもジャミス様の教えは汝、常に前を見よ。だから私は前を見続けた。
 そんなある日、辺境に住む闇の側の住人の討伐があると聞いて私は同行を申し出たわ。当時は闇の側の人達は悪だと思っていたから。
 だけど、彼らが襲ったのはただの農民だった。皆が悪と呼び、そして私が悪と信じていた存在は、何の悪事も働いていなかった。
 それでも私は彼らを法術で支援したわ。これが正義なのだと信じて。でも、それは続かなかったわ」
「なぜ、ですか?」
「彼らが赤子まで殺そうとしたから。ゴブリンの5人の子供達。彼らの両親は必死で子供達を守ろうとしていたわ。夫が殺されても、妻は武器を捨てなかった」

 ゴブリンの5人の子供?
 夫が殺された?
 ある想像がマドカの頭に浮かぶ。

「そ、それはもしかして」
「……襲った辺境の地の名はエスファ。リーリスの両親やミガさんの夫を奪った光の軍に私はいたの」
「リ、リーリスはその事を?」
「ええ、知っているわ。
 赤子を殺そうとした人達を私は止めようとしたわ。こんな子供に何の罪があるのかと。
 彼らは言った。存在そのものが悪と。
 その時、私はジャミスの司祭だった。そして、始めて教えに背いた。目前の無垢な赤子を悪として断じる正義を真っ直ぐ見る事が出来なかった。
 だから、私は子供達を守った。光の側の司祭でありながら、ね。
 幸い、すぐエスファから自警団や司祭達がかけつけてくれたから、死者は少数で済んだ。
 私は死を覚悟したわ。いくらミガさんの子供達を守ったといってもエスファの人達を殺した光の軍だったから。でも、ミガさんが庇ってくれたの。夫を殺されたはずのミガさんがね。
 結局私はこの教会で預けられる事になった。もうジャミスの教会には戻れなかったから。そして今はごらんの通りよ」

 今度は左肩を露出させる。そこにはアルミスの紋章があった。

「アースの住人である私ですらそうだったのよ。ましてやあなたは異界のマレビト。むしろ、知り過ぎてる位だわ」

 あまりの衝撃的な話にマドカは言葉を失っていた。
 その肩にアネットは手を置いた。

「自分を追い詰めないで。リーリスにも言われなかった? あなたの悪い癖。
 たった一人しか救えなかった。そう考えているのでしょうけど、あなたはヴィジョンに従って行動し、結果一つの命を見事に救ってみせたのよ。それを誇りなさい」






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