ダークプリーストLV1 第五章−第01話






 目の前に深淵の縁があった。
 見えないけど、深い々々闇の穴。
 覗いてはいけない。決して覗いてはいけない。
 そんな心とは裏腹に、足は一歩々々その縁へと進んでいく。
 微かに聞こえる。うめき声。助けを求める声。
 ついにつま先が縁に触れた。
 見てはいけない。
 思いを裏切り、視線は下へと引っ張られていく。
 深い々々奥底。血の涙を流し、全身を矢で射られたダークエルフ達が助けを求めて蠢いていた。





「大丈夫?」

 目を覚ますとそこは女子修道棟宿舎の自室だった。
 同室のリーリスが心配そうな顔をして覗き込んでいる。

「なんか、うなされてたけど」
「ごめん。起した?」
「気にしない。いつも起してもらってるし。
 ……出来れば普通に起してもらいたいけど」

 まだ棒術の鍛錬までには時間がある。
 リーリスはタオルを差し出した。

「寝汗凄いよ」
「ん、ありがと」

 寝巻きを脱ぐと肌から離れる時、ねっとりとした嫌な感触がした。
 すぐに稽古着には着替えず、念入りに汗を拭いていく。

「まだ、吹っ切れない?」
「え?」
「ダークエルフの集落の事」

 カンの良いリーリスには隠せない。

「まぁ、ね。色々と思い知らされた。司祭としての務めもそれなりに果たせていると思ったけど。
 やっぱり、私は助祭ね。司祭には遠く及ばないわ」
「……いや、司祭でもあれはきついと思うけど」
「リーリスもあれを経験したんだね。それを乗り越えたんだから凄いと思う」
「あたしは逃げ込んだだけだってば。マドカの方が凄いよ。自分からあれに立ち向かったんだから」
「そうかな?」
「まぁ、それがマドカらしいと思うけどね。あえて苦難を選ぶっていうかね。
 もう正司祭でいいじゃんって思うよ。まぁ、あたしが先に記録更新しちゃったから、まだ当分先なんだろうなぁ」
「確か、最年少かつ最短で司祭になったんだっけ」
「そ。本人はただ恐怖から目をそらす為に必死だっただけなんだけどねー」

 そして、リーリスは少し考えて言った。

「あの子、大丈夫かな?」
「エースの事?」
「うん。あたしの時より状況が酷かったからね。変に思いつめないといいけど」
「思ったよりしっかりしてそうだったように見えたけどね」
「私もそうだったけど、何もかもなくしちゃった時、人は何かにすがりつくものだと思ってる。私はアルミス様だったけど。あの子はいったい何にすがりついたのかな」

 汗を拭き終わって稽古着に着替えながら、マドカは答えた。

「もうちょっと、注意して見て見る」
「その方がいいと思う」





 ん? あれは…。
 マドカが道場に向かう途中、教会の表で露天商の準備をしているデイトンとグラムがいた。
 それだけなら別に珍しくもない光景だったが、そこにワルドが混じって話している。
 距離があったので、詳しい内容は聞こえなかったが微かに聞こえた部分が気になった。
 あの集落――、何かおかしい──。
 だが、ワルドがマドカに気付き会話は打ち切られた。

「よう、師範。今日はいつもより遅いんだな」
「……ちょっと、夢見が悪くてね」
「まぁ、あんなもん見ちまったからな。少しは休んだらどうだ?」
「そんな訳にもいきませんよ。みんながんばってますから」
「それじゃ、行こうか。お前らも商売がんばんな」

 ワルドはグラム達に手を振るが、その仕草は少々わざとらしかった。






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