ダークプリーストLV1 第五章−第04話
マドカは礼拝堂に戻ってきた。
幸い、掃除の助祭達はまだ来ておらず、中には誰もいかなった。
もし誰かに見られたら務めを放って何をしているのかと思われただろう。
マドカはまずアルミスの像に祈りを捧げた。
生まれる感情を受け入れ、与えられた感情を受け止めよ。己が感情が示すは己が進むべき道。故、己が感情に従え。
そして、自分に問うた。自分にエスファを巻き込む覚悟があるのかどうか。
思い出すのは、まだアースに来て間もない頃、リーリスに街を案内された時だった。
ミガの食堂で彼女の子供が無頼者に絡まれている時、後の事を考えて動けなかった。
状況は似ている気がする。
だが、規模が違いすぎる。
幼い子供の安全と店。
族長を名乗ったエースとエスファ全体。
マドカは今一度アルミスに祈った。
生まれる感情を受け入れ、与えられた感情を受け止めよ。己が感情が示すは己が進むべき道。故、己が感情に従え。
……答えなんかない。
それでも、自然と踵を返し棍を持つ手に力がこもる。
それはエゴなのかも知れない。
だけど、あの地獄を経験した少年は、今度は己の命を賭して道を進もうとしている。
エゴだろうがなんだろうが、己の感情を、己が道を進めなくて何がアルミスに仕えるものだ。
礼拝堂を出て、教会の表に出ると門の所に馬が見えた。
駆け寄ると、馬に乗ったワルドとデイトン。そしてグラムがいた。
「覚悟は決まったか?」
そう言うワルドの手には彼の棍があった。
マドカの上に何か小さな布のようなものが降って来た。
グラムの仕業だ。
「それをつけておけ。そんなものでごまかしが効くとも思えんが、ないよりゃましだ」
それは手袋だった。皮のような素材だが、若干伸び縮みする。
指なしのタイプで、手にはめてみて試しに棍を振ってみるが邪魔にならない。
これならアルミスの紋章も隠せる。マドカの司祭服は棒術を自在に操れるよう仕立屋夫妻が作ってくれた特別仕様だ。
見付かってもアルミス以外の司祭だとごまかせるかもしれない。
マドカは助祭の証であるペンダントを服の内側に入れた。
「まぁ、ワイらがみつかったら終わりのような気もするけどな」
「光の軍が来たら、エスファの住人じゃないと突っぱねる事を期待するさ」
「マドカ、早く乗れ。坊主に追いつくんだろ?」
「はいっ」
ワルドの後ろに乗った。
「飛ばすぞ、しっかりつかまってろ」
2頭の馬とゴーストの一行は街の通行人を驚かせながら、全力で駆けていった。
「良かったのですか?」
司教室の窓から去っていったマドカを見届けて、アネットは問うた。
エスタークはペンを手にとり、メモ用紙にまるでアルファベットのYを逆さにしたような模様を書く。
アネットはしばし、その意味を熟考する。
「分岐点?」
エスタークは頷き、そして己が胸に手を当てて目を瞑った。
アネットはまるでヴィジョンを受けたように直感的に理解した。
マドカという存在は、ただの異界のマレビトなどではなかったのだ。
エスタークがヴィジョンに従い連れ帰った少女は、この教会にとって。いや、エスファ全体にとっての分岐点となる存在だったのだ。
そして、エスタークはそれを始めから知っていたのだ。
「応援をだしますか?」
アネットは問うたが、エスタークは首を横に振る。
彼は先程書いたメモを指先で押さえる。
そこは逆Yの縦棒のまだ途中だった。
「分岐点はまだ先だと?」
アネットが再度問うとエスタークは頷く。
彼は始終笑っていなかった。
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