ダークプリーストLV1 第五章−第06話






「奴ら、ここで野営するようだな」
「え? まだ日が高いのにですか?」
「どうやら、トラブルが起きたらしい」

 ワルドの視線を追うと、馬車の車輪の一角に人が集まっている。

「どうやって、近づくかが問題だったんだが。チャンスが回ってきた。夜になったら仕掛けるぞ。異論はないか?」

 ワルドは全員を見渡す。目を真っ赤に腫らしたエースを含めて皆頷いた。

「よし、一度丘を降りて、周囲を手分けして調べるぞ。人質を取り返したら手際よく撤退できるようにな。忘れるな、帰りは真っ暗なんだから分かりやすい道を探すんだ」
「明かりの法術を使うのは」
「それもありだが。出来るだけ証拠は残したくない。聞いたのは大戦時だが、確か法術を使った跡を調べる、法術か魔術ってのがあったと思うが…」
「あります。かなり高位の法術になりますが」
「だったらやはり使わない方が無難だな。襲ったのが闇の側の住人というのはともかく、アルミスの司祭がいるというのは知られたくない。どうやってもエスファに結び付けられちまう」
「分かりました」
「では、分かれるぞ。あんまり離れすぎて、連中に見付かるような事だけはないようにしてくれ」

 ワルドの言葉に全員が頷いた。





 皆と別れてマドカが下りた所は沢になっていた。
 ここのルートは仕えなさそうだ。
 戻ろうとして、ついでだからと顔を洗う事にした。
 手袋が気になったが、用心の為につけたままにしておいた。
 顔を洗って一息ついたところで、人の気配がした。
 反射的に棍を構える。
 そこにいたのは、胸、肩、腕など部分々々をパーツで覆った軽装の鎧を着た男だった。
 胸のパーツにはアポミアの紋章が刻まれている。
 しまったっ。
 マドカは内心、歯噛みする。
 光の軍は丘の向こう側だと完全に油断していた。
 周囲の安全を確認しに来た斥候?
 なににしろどうにかしなくては。
 男の両腰にはそれぞれ剣をさげている。
 相手は双剣の使い手?
 もし仲間を呼ばれでもしたらやっかいだが、男の雰囲気から簡単に昏倒させらる相手ではない事を肌で感じる。
 見た目は二十代後半といったところだが、まるでワルドと対峙しているようだ。

「おい、お前。みなれぬ服を着ているが、どこの司祭だ」
「え?」

 言われて改めて自分の司祭服が普通とは違う事を思い出す。
 気付かれていないっ!
 両手の紋章は手袋で隠している。助祭の証は服の中だ。
 しかし、どう返答したものか。
 光の神の名をうかつに上げれば、なぜこんなところにいるか怪しまれるだろう。
 それ以前に、光の神々など名前をいくつか知ってる程度で、教義を聞かれたら返答出来ない。
 マドカは咄嗟に閃いた名前を挙げる。

「レクノア様に仕える身です」

 男は眉を潜める。

「聞いた事がない名だな……いや、確かその名は」
「はい、あなた方が光の神々、あるいは闇の神々と呼ぶどちら側にも属さぬ神です」

 光と闇の大戦時。ごくわずかだが、どちらにも組しない神々も存在した。
 大戦後は、闇の側と同じく辺境に追われたが、少なくとも光の側とは敵対していない。

「なるほど、さしずめその手にしているのが司祭の証といったところか」
「はい、その通りでございます」

 マドカは構えを解いた。堂に入った構えが逆に説得力を増したようだ。
 棒術が存在しなかったアースでは、カミス達職人ならいざしらず、普通の人にはただの木の棒に見えるだろう。

「しかし、何故こんな所へ? 近くには普通の村などなかったはずだが」

 言外にエスファ以外はと言っている。

「こちらへは薬草を取りに時々出向いております。生のままでは薬効がきついので、ご覧の通り手袋が必要になりますが」
「ほう、なるほど」

 どうやら、男はマドカの言い分を信じ込んだようだ。

「ならば忠告しておくが、この近くに闇の側の住民が住む街がある」
「存じております。なるべく近づかないようにはしておりますが。私どもが知る限り、ここでしか採れぬ薬草でございまして」
「そうか。務めの邪魔をしてすまなかったな。少々気がたっていたようだ」
「いえ、では失礼します」

 マドカは頭を下げて、丘の方へ戻っていった。





 リューイは去っていくレクノアの司祭の後ろ姿を見て思った。
 おしいねぇ。実に旨そうな娘だったのに。
 さすがに闇の神々の司祭でもないのに手を出す訳にいかない。アルミスの司祭服に似ている気がしたが……。
 ふと、隊長と呼ぶ声がした。
 そちらを向くと部下達が走って来ている。

「何事だよ、いったい」
「何事じゃありませんよ。一人で歩き回らないで下さいっていつも言っているでしょう。何かあったら、どうするんですか」
「うるさい。お前らに心配されるほど落ちぶれてねぇよ。第一、お前らが車輪ぶっ壊れたって伝達の法術で言うから、予備の部品を持って来てやったんじゃねーか」
「それはありがたいですが。そもそも予備の部品をこっちの荷馬車にも乗せて頂ければ手間をかけずにすんだんですが」
「ええいっ、いちいち口答えすんな」

 リューイは部下を蹴りつける。

「痛たた。とりあえず、戻りましょう。多少距離があるといっても、近くにエスファがあるんですよ。下手に何者かと遭遇したら」
「あ、もう遭遇した」
「はっ?!」
「心配いらねーよ。光にも闇にも属さぬ神に仕える司祭が薬草取りに来てただけだった」

 部下達は首を傾げた。

「この近くにエスファ以外の街や村なんてありましたっけ?」
「薬草がここにしか生えてないんでわざわざここまで来たんだと。辛いねぇ、光の側につかなかった愚かな神の信徒は。見たところ若いのになかなか出来る司祭のようだったが、光の側ならそんな雑用なんて下っ端の仕事だろうに」
「まったくですね。まぁ、闇の側にもつかなかったのは賢明ですが」
「で、修理の方は?」
「まもなく終わりますが。今日はここで一休みして、明日急ぐことにしますが。
 隊長はどうします?」
「俺は本隊に戻る。闇の側の連中の近くにいたくないからな」
「隊長って本当に闇の側の住人がきらいなんですねぇ」

 瞬間、リューイの目が太陽がごとく光った。
 部下の襟首を引っつかみ引き寄せる。

「当たり前だ。奴らは存在そのものが悪だ。なぜ、アースに奴らが存在するのか、なぜやつらは自分達の罪深さを悟って自ら命を絶たないのか不思議なくらいだ」
「わ、わかりました。わかりましたからぁ。手を離してください」

 鼻を鳴らしてリューイは手を離す。
 勢いで部下は尻餅をつく。

「とにかく、俺はもう戻る。後はちゃんと処理しとけよ」
「わ、分かりました」

 半ば怯える目で頷く部下を尻目にリューイは戻るべく歩いていった。






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