ダークプリーストLV1 第六章−第01話






「ふざけるなぁっ!!」

 その小さな身体でどうしてそれだけの声量がだせるのかと思うほどの大きな声だった。
 あまりの大きさに彼が叩き落とした刃物の金属音が霞むほどだった。

「エース様、後生です。夫も息子も逝ってしまいました。だから」
「だから、死ぬ事が許されるって言うのか?」

 エースは落ちた刃物を拾い上げ、次の瞬間、自分の手の平を突き刺した。

「エース様っ?! 何をっ」

 生気なく、死を選ぼうとしていたダークエルフの女性は、目の前の少年の暴挙に驚愕した。

「そうだな。お前は夫も子供も殺された。おまけに手をこんな風に貫かれて、さぞ苦しく恐ろしい目にあったんだろうな。
 お前だけじゃない、今もあの時の事を寝る度に夢見てロクに眠れなくて憔悴してる奴もいるよ。
 けどな、お前、それをマドカ司祭の前で言えるか?!」
「っ!!」
「お前たちの辛さ、痛さを身に刻むため、治癒の法術ではなく、負傷転移の法術で己の身に傷を移した彼女の覚悟を侮辱する気かっ」
「そ、そんな事はっ」
「マドカ司祭だけじゃない。お前達を助けたのはこの街、エスファの住人だ。そして見ろっ、俺達の為に土地を解放し、住む場所を作り、食事も着る物も提供してくれた。
 お前はそんなエスファの住人を裏切るつもりかっ!」

 当たり一帯に並ぶ同じ作りの平屋。コボルト達が考案した簡易住宅だ。

「どうしても死ぬというのなら。教会に、街に、頭を下げて来いっ。
 心配するな、俺も一緒に頭を下げてやる。族長として、ダークエルフを率いる者として、不義理な一族で申し訳ないとなっ!!」
「そ、そんな、エース様っ」

 そして、エースは更に声を張り上げる。

「皆も聞けっ! 我らダークエルフは街の住人として生きる事になった。卑屈になる必要はない。だが、決して受け入れてくれたエスファの人々の恩を忘れるなっ。決して、その恩を仇で返すなっ! 自ら死を選ぶのも同様だと思えっ!!」

 そして、今まで死のうとしていた女性に目を向け、

「どうだ。まだ死ぬつもりか」

 女性は涙を流しながら首を振った。





「痛たたた、痛いって。もっと丁寧に抜いてよ。リーリスお姉ちゃん」
「痛いに決まってんでしょ。こんなもん、突き刺しといて」

 リーリスはナイフを抜いた後、アルミスへと捧げる言葉を口にする。

「はい、終わったわよ」
「ありがと。ここに来るまで痩せ我慢するの苦労したよ」
「痩せ我慢以前に、こんな馬鹿な真似はしないの。マドカの悪いクセがうつったんじゃないの。まったく」
「リーリス、その辺になさいな。エースいえ、族長殿は見事、自殺を防いだんですから」
「あのー、やめてもらえません? その族長殿って」

 アネットはくすっと笑った。

「あら、族長として啖呵を切ったんでしょ」
「せめて、ここでくらいはエースでいさせて下さいよ」

 ここは教会の礼拝堂である。
 手にナイフを突き刺し脂汗をながして飛び込んで来たエースを、たまたま居合わせたリーリスが治療にあたった訳である。

「あ、エスターク司教」

 礼拝堂にエスタークが入って来たのにエースが気付き姿勢を正した。

「仮設住宅への移動が今日で全員終了しました。少々トラブルもありましたが」

 助けられたダークエルフ達を全員収容出来る施設など早々あるはずもなく、当初は教会の修道棟宿舎に身を寄せる事になった。
 その後、街の住人と彼らが住む場所を相談し、地盤が安定している市場の土地が選ばれた。市場は別の場所に移る事になった。
 そして、コボルト達が災害用に開発した簡易住宅を、エスファの住人達が突貫で組み立て、順次教会から仮設住宅へと移動していった。
 そして、今日が最終組の移動だったのだ。

「そのトラブルも無事解決したようです。司教様」

 エスタークは笑顔で頷いた。

「でも、これからが大変じゃないの? 森の民であるあんた達が街で暮らしていくのって。よくもめなかったわね」

 エースは肩を竦めた。

「もめるはずないさ。マドカお姉ちゃんの覚悟を全員見たからさ。
 街の住人でない俺達の為に悲しみ、怒り、そして傷ついてくれたからこそ、皆がエスファという街を信用したんだ。
 あのマドカお姉ちゃんが守り慈しんでいる街だから」

 エースの言葉にエスタークは始終笑顔だった。






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