あおいうた−第一章 緑と青 第04話






 昼休み終了の予鈴が蒼一の歌を止めた。

「あ、しもうた。昼メシ食べ忘れた」

 呆然と呟く良縁に、笑い出しそうになる。

 なんだ、この無駄に愛嬌のある生き物は。
 遠目に眺めている分には体格だけであの人にイメージをダブらせていたけど、中身が全然違う。

「まぁ、諦めるしかないね。授業の後で食べたら?」
「学食じゃ昼休み以外はパン食らいしか売ってないじゃないですか」

 さも、悲しそうに言うその姿がなんとも愛らしい。
 この様子じゃクラスでも人気がありそうだ。……恐らく弄られキャラだろうが。

「さぁ、早く帰らないと本鈴が鳴るよ。僕もここの鍵を返しにいかなきゃならないし」
「分かりました……」

 とぼとぼと音楽室の戸口をくぐるようにして良縁はでていく。

 あの様子じゃ身長190くらいあるんじゃないか?

 中身はともかくとして体格は日本人離れしてる。
 服の上から見ても筋肉質だと分かる。
 音楽室の戸口前で律儀に待っていた彼に鍵を閉めながら聞いてみた。

「君、部活はなにかやってるのかい?」
「? いえ、帰宅部ですが。なんでですか?」
「いや、何か鍛えてそうだから」
「ああ、両親がトレーニングジム用品のメーカーに務めてて、筋トレ用品のモニターになる事を条件にここに入るのを許されたんですわ。
 で、送られてくる筋トレ用品使ってるうちに自然とこんな感じに」

 どこまでも弄られキャラらしい。

「じゃぁ、さっさと戻ろうか」
「あ、あの」
「忘れものなら手に持ってるだろ? 何かあるのか?」

 さすがにそろそろ本鈴が近づいている事もあって、良縁のリアクションを待たずに聞き返す。

「明日もここで歌ってます?」
「…………」

 さて、どう言ったものか。

「曲が気にいったのなら、CD−Rに焼いてあげるよ。明日の昼休みに取りにくればいい。昼休みはたいていここにいるから」
「あ、ありがとうございます」

 なんとなく、彼の求めているものとは違っているのは分かっていたが、彼の問いに素直にイエスとはなぜか言えなかった。

 後から思えば、もうこの時、すでに始まっていた。





「じゃ、また明日」

 1年と2年では校舎が違うので途中で蒼一と分かれた。
 本当はCDなんてどうでも良かった。
 聞きたかったのはブラウンなんとかって歌手の歌ではなく、彼の歌だったから。
 今もなお残っている彼の歌声。

『姫』の噂なんて知らん。俺が知ってるのは蒼一先輩や。

 後から思うと、この時にすでに終わってた。だって俺はこんな気持ちは知らんかったから。





 いつ来ても高校生の一人暮らしをするようなマンションじゃないわねー。

 まるでホテルのような外観のマンション前に美澄はきていた。
 呆れつつも、オートロックになっているの共同玄関のドアを、合鍵を使って開ける。
 エントランスホールを抜けて奥のエレベータが一階に降りていたので、目的階を押して中に乗り込む。
 昇りであり、美澄一人しか乗っていない事もあって目的階にはあっさり付いた。
 まぁ、誰もいないのに途中で止まられたら少々不気味だが。
 廊下も、どこかの高級ホテルを思わせる。
 ……まぁ、彼の両親が選んだマンションだ。彼の事を考えたら両親の性格も見えて来そうだ。
 目的の部屋についたところで、インターホンを押さず迷わず合鍵使って中に入る。

「え?! 美澄先輩!」

 おお、今日は一段と凄い。

 美澄は年下の彼氏の姿を見て、思わず拍手をしたくなった。
 ホットパンツにTシャツ一枚。もう冬だというのにその姿もどうかと思うが、それ以上に滝のような全身の汗。間近にいなくても汗の香りが漂ってくる。

 あ、だめ。ちょっと弱いのよね、この手の匂い。

「何しに来たんですか? こんな時間に」

 すでに時刻は11時。その問いも初めてだったらまだ当然の質問だったが。

「何しも何も、こんな時間なんだから泊まりに来たに決まってんでしょうが」
「来るなら来るで、電話ぐらいください言うてますやん」
「先に電話するとあんたがぐちぐち言うからでしょ。この草食系男子が」

 まったく、年頃の男が情けない。こっちから押しかけなければ、今だ清いお付き合いのままだったに違いない。

「筋トレは終わったの?」
「いや、一応筋トレじゃなくて試作品のモニター――」
「やってる事は一緒でしょ。で、終わった?」
「……一応、終わりました」
「じゃ、さっさとその汗を流して来る。ハリーアップ!」
「いきなり来て、それはないですやん」

 ブツブツ言いながらも良縁が脱衣場に入ったのを見て、美澄は持って来た学校指定カバンと着替えと明日用の制服のはいった紙袋を降ろした。
 そして、部屋を見渡す。

 絶対、部屋の使い方を間違えてるわね。

 来るたびにその印象が強く出る。
 4LDKロフト付き。これだけ聞けば、学生どころか一般社会人まで殺意が沸きそうだが。
 ロフトとリビング、そして廊下以外はトレーニングジムでよく見る機器で占領されている。
 シットアップベンチが何台も横並び。ベンチプレス用ベンチの横にはバーベルが何本も置かれ、さらにシャフト、プレートがずらりと並んでいる。
 いつ見ても床が抜けないか心配になってくる。
 ランニングマシン、バタフライステーション、ワイヤーを使った特定部位を鍛える為の用品。
 ここまでくればもう立派なトレーニングジムと言ってもいいくらいだが、さらに家庭用のマルチジム機器まで何台もそろっている。
 しばらく、見ているだけだったが、試しにその一つに手を伸ばし、ワイヤーで重しに繋がっているバーを引き下げようとする。微動すらしない。

「なにやってんです? 美澄先輩」

 シャワーだけ浴びて出てきたのだろう、バスローブを羽織った良縁がバスルームから出てきた。

「危ないからさわらんで欲しいって、いつも言うてますやん」
「……これ、動かせる?」
「? そりゃ勿論」

 美澄にかわって良縁がバーを握る。あっさりと上下に動く。

「そりゃ、これだけ筋肉もつくわね」

 バスローブごしに、胸から腹あたりを撫でる。
 分厚い布越しにも弾力と固さを併せ持った段差が感じとれた。
 ただ、撫でられた本人はくすぐったかったのか胸を押さえて一歩下がった。

「な、何すんですか。いきなりっ」
「……どこの乙女よ、あんた。まぁ、いいか。私もシャワー浴びるから、先にベッドにいってて」
「美澄先輩、直球過ぎ」
「こんな時間に来て、他の目的もないでしょ」

 良縁をベッドがあるロフトに追い立ててから、かつて知ったる彼氏宅。脱衣場に向かった。






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